2006・07
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2006/07/30 (Sun) NANA
昨日の日記の続き。

というわけで、一週間たまりにたまった仕事の疲れを癒すため、
久々に漫画喫茶に10時間ほど籠もったのだが。
NANA、既刊15巻読破。
現実の悩みや将来の不安なんてそっちのけ。
もはや言うまでもないほど…面白かった。

NANA (1) NANA (1)
矢沢 あい (2000/05)
集英社

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本当に、恋愛漫画だ。
不倫に浮気に失恋、結婚に妊娠。娼夫にAV女優まで出てくる。
ナマの恋愛が描かれている。「恋」じゃない。

映画版NANAで見たとき、ナナと奈々(ハチ)は全くタイプの違う人間に見えたのだが、漫画を読み進めるうちに気付いた。この子達、似てる。
タイプは違うけど、同じ人種だ。まあ、だからこそ親友なんだろうが。

2人ともものすごく他人に気持ちを振り回され/振り回すタイプだ。
本能に忠実と言うか、ケダモノというか。
倫理とか常識とか突き破って、思考や計画から自由に生きている。
だから、面白い。読んでて腑に落ちる。すっきりする。

「お前のケンカだろう、おまえの男だろうが!闘って取り戻せ!」
「いらない。顔も見たくない」

奈々の恋人の裏切りに、いきなり飛び掛るナナと切り捨てる奈々。
2人とも芯から恋愛体質だと思う。考える前に行動できる人達。
色々考えて悩む修司&新彼女はある意味お気の毒だったりする。

2人の言動は万事その調子で、その本能剥き出し・自分丸出しの前では、世論や常識や建前なんてチリの如し。
2人とも本当に、自分に正直。いつも相手に真っ向勝負の体当たり。
自分の中の真実が何度傷つこうが、ガードしようとしない。
その生き様は、カッコいいというか、羨ましいというか・・・。
自分がそうなりたいとは、全く思わないけど。痛いのヤだし。

しっかし、本当、人・人・人なんだなー…。
恋愛や心についてやたらオープン。
自分を全て受容してくれる親友以外にもあけっぴろげ。
こういう人達、見覚えがある。


一般居室対応時代、一緒に働いた先輩=現地採用のお姉さん達。
まんまギャルゲーの見た目とキャラに、配属された時はかなり引いた。
案の定お昼時の話題は、たいてい自分の彼氏か家族かテレビの話。

私も本社の同僚と人の話は結構するが、身内の話はまずしない。
話題の切り口も見たまま・感じたまま・ありのまま、ではなく、
事実を分析して意味(真実)を見出して、そこに焦点をあてて話す。
・・・じゃないと、オチや結論が出ないじゃん。

だって友達ならともかく、仕事だけの付合いの人に、
相手の身内の話を延々されてもかなり困る。
興味が沸かない。人種違いすぎて共感できない。

だから当時私は、同僚のノロケや愚痴を話されても、相槌さえ上手く打てなかった。
アルカイックスマイルを浮かべながら、かすかに頷くしかなかった。
生きる姿勢が違いすぎて、相互理解は不可能に思えた。

閑話休題。

NANAの一番の魅力は、恋に絡めて1人1人のバックグラウンドや弱さや生き方を余すところなく描いているところだろう。
家族や過去、性格に、病的なところ。
それにまつわる不幸と弱さ。だからこそ生じる、幸せと強さ。
だからキャラに奥行きがあり、陳腐な人間関係もリアルに見える。

特に音楽関係の人たち。歌ってる人とその信者。

きっと何かが欠けていて、その欠けている部分に敏感だからこそ、
人の心を動かすような歌が歌えるのかもしれない。
歌に心を奪われるのかもしれない。

その場で感じた自分の気持ちに、正直に生きて、
目の前の相手の気持ちを推し量って働きかけて、
時に相手の考え方や感じ方を、ぶつけること。

そういう生き方の光と影が、ひしひしと伝わってくるような漫画だった。
人間関係に生きる、人生って感じ。

・・・にしても途中から頻繁に出てくるようになった、
未来から過去を見下ろすようなモノローグが気になる。
完結したら、一度最初から読み直したくなるような漫画になりそうだ。

2006/07/29 (Sat) そういう風にできている。
ものすごく、忙しい週だった。

全施設用の総会資料や法人向けの要望書作成に始まり、
入居者に指摘された既存の契約制度の不備の改善、
法令改定に基づく契約書の作り直し、月末の資金管理。

まあ実際に私が具体的にやった仕事といえば、
重役が作った資料をパソコンで入力することと、
複数の上司に相談して対策を取りまとめて告知すること、
現場が作ってくださった叩き台を見直して不明点を確認することと、
入力した資金の動きを各施設にファックスすることくらいで、
はっきり言って自分では何一つ判断していないのだが。

毎日報告・連絡・相談と、チェック作業ばかり。
仕事の内容のわりに責任重大で、締め切りもタイト。
これで疲れないわけがない。

そんなわけで、ようやく仕事から解放された土曜。
志望校選びのために本を開けたのだが…今ひとつ、というかさっぱり身が入らない。
頭に変なガスが詰まったみたいで、首のあたりが重い。

志望校の情報を読めば読むほど、不安ばかりが膨らむ。

はっきり言って、有名企業でも金融でもメーカーでもない、
ぽっと出の名もないサービス業に勤める私がMBA留学を夢見るなんて、
普通に考えたら勝ち組信仰に踊らされる、
見栄っ張りでお馬鹿な負け組み信者なんだろう。

学校ガイドブックに出てくる言葉も、「リーダーの素質を磨く」だとか、「卒業後の成功を勝ち取る」だとか、「自分を売り込むチャンス」だとか、やたら「成功」を駆り立てるものが目立つ。

でも、私はMBAで勝ち組になりたいわけじゃない。

そりゃー卒業後、どこにも就職できずプーになったら困りものだが、
年収1000万円よりも、約束された長期休暇や土日休みにときめく。
今より、多少残業が増えるのは致し方ないとしても。
(今の職場は1時間残業すると、仕事がコントロールできなかったようで、ものすごく悔しい&惨め)

じゃあ、私は一体何がしたいんだろう?

興味のある分野はマネジメントに人的資源・マーケティング。
卒業後社会でやりたいのは「皆(経営者・従業員・顧客・社会)が幸せになれるビジネスシステム構築」。

でも、それは本当に留学しないとできないことか?
いや、留学はアメリカ東海岸に行きたいからというのもあるのだが、
じゃあ他に何を基準に、学校を選べばいいんだろう。

その分野が強い学校、と単純に考えることはできる。
でも好きな分野よりも、会計や財務や統計学など弱い分野を伸ばしたほうがいいんじゃないか。
本気で、将来、マネジメントにも関わっていくつもりならば。

いつでも私は、目標選びに一番悩まされる。学校でも就職でも。
そこに答えはないから。
最終的な結論も自分の頼りない直感と、予想を信じて出すしかないくせに、
一番重要で、そのレースの意味をすべて決めてしまうものだから。

自分しか悩むことができない類の問題だから。
さまざまな人に相談し続けて、情報を集め続けて、悩みぬいても、
「ひょっとしたら、こっちかな??」
 くらいの答えしかでないものだから。

今回もどうせ、悩みぬいて震えながら進みはじめるのだ。
何度も何度も本当に選んだ道が正しいか振り返りながら、
いざ試験になると腹を据えて立ち向かうのだろう。

午後、いい加減悩みつかれてフラフラと街に出た。
で、吸い寄せられるように向かった。
久々に、漫画喫茶へ。

漫画喫茶では先日感銘を受けた映画の原作、「NANA」を読んだ。

これが、面白い。思った以上に、深い。
気づけば真夜中、そして空腹。
レジでカップラーメンを買ってすすった。

で、気づいた。

きっと私は死ぬまで、NANAのように燃えるような恋愛をしたり、
誰かと一緒に暮らしたり、自分の家族を持ったりすることはない。

大学卒業する頃くらいに、そう納得してしまった。
昔から私は、そんな未来を夢見ることもできない。
母も父も祖母も弟も、極端に人やモノに執着がない人たちだから。

私は、いくら人や物を好きになっても、手放す時に痛みを感じられない。
お葬式で、努力や演技をしなくても泣ける人の気持ちが分からない。

自分と世界のすり合わさった間に、私の人生はある。
この世がすべて。今と将来がすべて。自分と世界がすべて。
人や物に関わることがあっても、自分の一部にすることはできない。

世界の中を進み続け、自ら変わり続けることを望むのなら、
生きている限り「自分」と「世界」に関わり続けるということ以外、
すべては移ろう。人や物はいずれは失う。当然の定めとして。

…なんていう風に自分が感じていると気づいたのはつい最近で、
そのあまりの孤独さとストイックさに正直身震いしてしまったのだが。

同時に自分は「そういう風にできている」んだと、妙と納得してしまった。

だから私は、留学先で可能性を広げたい。

今よりもっと自然に英語が読めるようになれば、
もっとずっとたくさんの物語が読める。

留学すればたくさんの人たちと関われるだろうし、
そこで得た経験は、可能性を広げる。

今より幸せになるために、留学をする。
未来の可能性を広げるために、留学をする。

誰かと一緒にすごし続けたり、同じところにい続けると、
経験上、不幸になってしまう人間だから。
幸せなお嫁さんやお母さんには、なれない人種だから。

よりたくさんの人々に出会える機会と魅力を身につけて、
世界中を巡れるくらいの力が欲しい。

そしていつか、自分の中にたまった美しい世界の様子を小説にしたい。

…まあ、だからそのために、どこの大学で何を学べばいいか考えるのは、相変わらず大変なんだけれども。

2006/07/23 (Sun) 砂漠の中で砂金を探す。
就職活動で何が辛かったって、初めの志望企業選びだ。

やりたいことはなんとなーく決まっていたものの、
それをやらしてくれる企業がどこか分からない。

なにせ業界とか分野とか企業規模とか待遇とか度外視して、
「大学でやってるレポートを、企業対象に行うような会社ないかな。
 でもコンサルだと今の私じゃ力不足だろうから、
 興味のあるマーケティングに特化できたら最高。
 職種固定でシステムや営業になる恐れがなくて、
 金融や商社は興味ないから、メーカーやサービス業相手だといいな」

 だの、

「お金持ちのお年寄りを相手に最高級のサービスを提供する企業が、
 もし日本にあるなら、そこで働いてみたいなぁ。
 いずれMBA留学するから、MBAでは身につかない生の感情や泥臭いやり方に触れたいわ。
 最高のサービス業を通じて、人生の達人から学べるといいな」
 だの、今から思うと、

自分で会社起こす気ですか?

とか突っ込みたくなるような、自己の脳内で80%出来上がった「理想の会社」を日夜インターネットを駆使して探し続けたのである。

まさに「私の王子様はどこ?」状態。

冗談でもなんでもなく、毎日1000社以上の企業情報に目を通し、
「王子様なんて・・・どこにもいないのかも・・・」
 と絶望と疲労で力尽きて、倒れこむように眠る日々だった。

この時期の私は今思い出しても不安定で、自己陶酔と自己嫌悪を繰り返し、友達との電話で泣き出したり、夜中に隣のグラウンドを走ったりと壊れる1歩前くらいまで追い詰められた。

思うに当時私が壊れそうになるほど苦しんだ理由は2つ。
1つは、脳内王子がこの世にいないのか、隠れてるだけなのか、企業の数が多すぎて確証を得る術がないこと。
1つは、その発見が就職活動の成否を決めるほど重要だと分かっていたこと。

まあ人生と言うのはこれで捨てたものでもなく、三ヶ月ほど調べ続けたら王子2人と無事出会い、うち1人(後者)に無事見初められたのだが。

・・・・今度は、それを英語バージョンでやらなきゃならんのか・・・。

いやね、もう。
志望校が、絞れるかよコンチクショウ、って話なんですけど。

調べれば調べるほど、だんだん自信がなくなってくるわけですよ。

究極的に私が学びたいのは、
「従業員全員が満足しながら、質の高いサービスを提供して、会社として高い利益を上げる方法」
その学習を通じて、人間と社会について知りたい。

でもそれに加えて今回は、絶対東海岸!NYかDC近く!という条件がつく。

英語が、日本語と同じくらい流暢に読めたらなぁ・・・。

MBA留学するつもりの人間が何を言うんだ、って話だけど、読むのが遅い上操作に慣れないんだから仕方ない。
つーか、凄いイライラする。日本語だったら、すぐ、ぱぱぱ〜っと個人サイトや某掲示板とかも参照して調べられるのに!
英語だと細かなニュアンスとか、サイト自体の信憑性が全然わかんないんだよっ!

進路に関して、私は異様に注文が多い。
その注文は、世間一般の基準とかけ離れていたりする。

だから情報収集が成功の鍵となる。
なるのに…普通なら、得意分野なのに・・・。

泣いても笑っても9月17日からキャンパスビジットなので、
調べなきゃいけないのに・・・うう。

そのうち隣の公園を夜中走り出すかもしんない。

2006/07/21 (Fri) 西の善き魔女。
西の善き魔女〈1〉セラフィールドの少女 西の善き魔女〈1〉セラフィールドの少女
荻原 規子 (2004/10)
中央公論新社

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ファンタジー小説を読むたびに思うのだが、この国が根本的にダメなのって、神話を持たないからなんじゃないかと思う。

もちろん日本以外の国では信仰熱心な人が多数派だ、とは思わないが、
少なくとも私が今まで行ったことのある国々では、生活のなかに信仰や神話が自然と息づいていた。

人間のパーソナリティーの1つとして「宗教」が存在しえた。
日本で「ところで宗教は何を信じてます?」なんて聞いたら、変な顔する人がほとんどだと思う。

宗教&神話とファンタジーは、その本質が似ている。
その類似性を端的に示すのが、寓話。
イブがリンゴを食べる話に、パンドラが箱を開ける話、
牛の化け物が住まう洞窟に、声を失った人魚とかぼちゃでできた馬車。
どちらも事実ではなく真実を描く。
原始的なものになればなるほど、その境界線は曖昧だ。

荒唐無稽な物語の中に潜んだ、物語の意味を察する。
問題の表面に惑わされず、本質を見抜く。
場当たりの対処療法ではなく、問題の背後に隠された問題を探る。

そーいう姿勢を幼い頃から学ばせないから、
こうも目の前の事象に右往左往する烏合の衆が増殖するんだ!!
・・・とか思っちゃうのは、私が並外れたファンタジー好きだからだろうか。


大学時代に煌びやかなハードカバーを見たころからきになっていた、
『西の善き魔女』(文庫版)を読んだ。

いやー 久々にいいものを読んだ!
行き帰りの通勤電車で1冊。帰ってから2冊。
今日はなにやら仕事も忙しかった気がするが、
今日一日の印象は現実よりも本の方が強い。

魔法の出てこない、完全異世界・三人称の正統派ファンタジーだった。
もちろん、イラストは1つもなし。

ファンタジーにも色々あるが、個人的にはこのタイプのものが一番凄いと思う。
絶対、経験豊富な作家さんか天才しか書けないと決め付けている。

何と言っても情景描写がめちゃくちゃ大変だ。
何せ作者はこの世に存在しない風景を、読者に伝わるように描かねばならんのである。

『西の善き魔女』はこの情景描写がべらぼうに上手かった。
町の様子とか、部屋の光景、その人の雰囲気がビシバシ伝わってくる。凄い。

設定もめんどい。モデルありの世界観をパクるならともかく、1から作るなんてほとんど神の所業なんじゃねーかと思う。
しっかりしたグランドデザインが出来てないと、物語が進むがごとに破綻していくし、ディティールがしっかりしていないとうそ臭くなる。

しかしこれらを一気に説明すると、ものすごく説明文くさくなる。

2巻まで読んだ段階で、この本はその問題もクリアしている。
なんかもう、一言で言って、作りが丁寧。

主人公達の成長を通じて、少しずつ世界観が広がる仕組みになっており、仕掛け絵本のような絶妙なスピードで世界設定を描いていく。
キャラクターの魅力と情景描写の上手さが相まって、文句なしだ。

キャラクターも、上手い。
あえて典型的で分かりやすいタイプを、細かな観察眼でセンスよく描く。


久しぶりに数時間、異世界の物語を旅行しているような気分になれた。
映画やテレビはリアルだけど、どこまで行っても二次元。
良質な小説は三次元で時に匂いまで再現しうるから、好きなんだよなーと改めて感じた。

2006/07/20 (Thu) 世界の中心で愛を叫ぶ。
よくあることなのだが、どうしても終わらなさそうなので、
仕方なく!不承不承!お持ち帰りしてまでがんばった仕事が、
完成間近になって完全な無駄足になった。

・・・法令改正のため必至こいて契約書を直していたら、
社内方針の変更で、契約システム自体なくなりやがった。

いい加減慣れたシチュエーションでも、やっぱしムカつく。

他の施設の契約書や総会資料作成に時間を割けばよかった。
しかも何故こんなジャスト終了間際のタイミング。
もうちょっと前か先なら諦めもついたのに。

・・・と、やけっぱちの気分で立ち寄った本屋。
とにかく、バカバカしい本を読みたかった。
普段だったら絶対読まないような、自分とは相容れない異世界の本を、
帰りの満員電車では読みふけって現実を忘れたい。

で、いまさら買った。「世界の中心で愛をさけぶ」(文庫本版)。

世界の中心で、愛をさけぶ 小学館文庫 世界の中心で、愛をさけぶ 小学館文庫
片山 恭一 (2006/07/06)
小学館

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注意)以下、ネタバレを含みます。


大ヒットしたので気にはなっていたのだが、
「一人称が主人公(男)で、ヒロインが白血病で死ぬ」
 というベタベタなストーリーを聞いて伸ばしかけた手を引っ込めた。

冷たくなりゆくヒロインをかき抱いて、主人公(男)が天に向かって咆哮するのだろうか?
必死になって病名を隠す主人公(男)に、ヒロインは初めは不安にすがって泣き、最後には全てを受け入れた母のような目で主人公を慰めるのだろうか?

・・・と、ワクワクしながら読み始め、予想を裏切らぬ展開に、
「やっぱり・・・・」
 とか思わずつぶやいちゃったりもしたのだが。

意外や意外、結構面白かった。

****

話全体に膨らみを持たせてるのは、やはり祖父の存在だろう。
結婚して幸せな家庭を築きつつも、初恋の女性が忘れられずに、
孫を酒で懐柔し、巻き込んで墓まで暴いちゃうお爺ちゃん。

この小説で一番印象に残った。
老人1人暮らしで缶詰ばっか食ってるくせに、悲壮感が全くないのがいい。
「純愛ね・・・」とか誰か言ってたようだが、ち が う だ ろ。

物語も、てっきり主人公が咆哮した後、抜け殻になり、1人で決着をつける(自己完結する)ところで終わるものかと思っていたが、この爺さんが奮闘してくれたおかげで説得力のある終わり方になった。

つーか青臭くもベタな2人はいいから、この爺さんの話が読みたい。


物語り全体に流れるトーンは、
「人は1人では生きていけない」
「愛がなければ、生きている意味がない」。
その前提から主人公達の感情や行動が生まれる。物語が流れる。

男の人はロマンチストだなーと思うと同時に、
ほんっと私の考え方とは違うなーと感じた。


先週友達が泊まりに来た時、
「桂って本当、自分大好きだよね」
 という友達の言葉に、
「うん。だって私は世界の半分だから。
 自分と世界の合さったところに、私にとっての世界、人生はある。
 私は生きるの好きだから、自分のことが世界と同じくらい好きだよ」
 と即座に答えた。何も考えず、あっさりと。

先日別の集まりで酔っ払った折、日本が落ちぶれたら困るか、という話で、
「別に困りませんよ。
 だって、この国なんて私にとってはステータスの1つですよね。
 私があって、世界がある。その関係は日々変化していく。
 条件の一つが多少変わったとしても、人生に大した影響はないですよ」
 と言い放った。

なんていうか…寝不足だったり酔っ払った時に、何も考えず言うあたり、
「そういうふうに、できている」としかいいようがなく。

こーいう考え方がこの国で一般的にどう思われるのか、とか考えるにつけて、
「早くアメリカ行きたいなー!」と希わざる得ないのだが。

ただ、この話の爺さんは同じ人種な気がするんだよな。

世界を自分と同じくらい愛してる人。
誰になんと思われようと、好きなように生きて、死にたい人。

2006/07/14 (Fri) 反骨精神の甘え。
今年の4月1日に介護保険や老人福祉法が改訂された。
それに伴って、表示事項やら重説の書式やらが、変わる、変わる。

はっきり言って「介護」保険やら老人「福祉」法やら興味ないのだが、
契約書や重説や販促ツールを本社で担当している以上、避けては通れない。

・・・ていうか、避けるどころかモロに正面衝突。
全施設の契約書雛形を作成する基幹メンバーの1人になってしまった…。
介護保険はまだともかく、福祉法は本気で興味ないのにな・・・。

企業化活動に関る法律ならそこまで嫌じゃないのだが、福祉法は別。
福祉関係の法律は「消費者/利用者を守る」という理念は同じなのに、
商法その他とは方向性が逆なのである。

商法は、ほっとけば際限なく拡大する企業活動を抑えるために存在する。
福祉関係の法律は、ほっとけば際限なく落ちぶれる利用者を守るために存在する。

・・・その考え方が、一言で言って、うざい。

いちいち恩着せがましい上、分かりにくい。
利用者を弱者とひとくくりにする様が、とっても不愉快。

「弱者どもよ、苦しゅうない。朕が助けてやるぞ」
 的な態度だから、この業界はいつまで立っても前近代的なまま進歩しないんじゃないかと思う。

まぁ、なら有料老人ホーム業界なんかに就職しなきゃいいじゃねーかとも思うのだが、そーいう福祉を変えてやりたいと本気で思ってしまったんだから仕方ない。

閑話休題。

さて、契約書雛形を作るに当たって問題があった。
一体誰と、やるか?って話である。

契約書には2パターンあり、もう1パターンは某施設の施設長さんが別の施設のケースワーカーと組んで担当してくれることになった。

私も、もう1人頼りになる人を見繕わないとな・・・。
今の私が雛形を1人で作成するなんて、絶対無理。
全社的にものを見れて、介護保険に詳しい人が必要である。

心当たりは何人かいた。
ひとまず、前施設の施設長に声をかけてみることにした。

彼なら、介護保険のエキスパート。
古株だし、中途の営業経験者だし、何より責任感が強い。
元上司だからこっちのミスも容赦なく突っ込んでくれそうだ。

「あのーちょっと、相談があるんですけど」
 と軽い口調で切り出して、要件を告げた。
人選的にそこまで的外れじゃないし、状況をご存知だろうから、
断わられる可能性は低いだろうと予想して・・・。

すると・・・。

「それは本社の仕事だろう。現場に振るなよ」
 予想外の強い口調で、彼は突っぱねた。

「は?そりゃ、本社の仕事ですよ。だから私がやるのは前提です。
 ただ、私1人で行えるものではないでしょう」
 意外に思いながら反論すると、彼は同じ言葉を繰り返した。

「でも、それは本社で行うべきことなんだって」
「本社って・・・現在の本社で、担当できるのは私しかいませんけど、
 私1人でやれってことですか?」
「あなた1人でできるわけないだろう。いや、やるならそれでいいけど」
「いや、私もやりたくてやってるわけじゃないですけど。正直言って、やりたくないですし」

 私は何の話をしてるんだ?
「やりたくないって、何だよ。それはあなたの仕事だろう」
「分かってますよ、だからやるって言ってるじゃないですか。
 でも実質問題として、1人では無理ですよ。
 だから現場で担当者を決めようと思いまして」
「担当担当って、それは本来本社内で行うことだろう。
 こっちも大変なんだよ。採用ストップされてるし」
「だから、本社には私しかいないんですよ」

 今になって冷静に考えれば、
「大変なのはあなたの施設だけじゃないですよ。
 実際もう1パターンの契約書作成は、他施設の某施設長とケースワーカーが担当しています。
 開設間もない施設でもあるまいし、全社的に見たら大変って言うのは言い訳ですよ」
 位のセリフも浮かぶのだが、その時はただ唖然としていた。

あの反骨精神溢れる冷静な施設長が、本社本社と繰り返す現実に。

彼の元上司はことあるごとに、
「本社の好きにはさせない」
 と繰り返し、本社気質の強い私はそのためかなり疎まれた。
彼は、その上司のお気に入り。対立意識も、強い方だと思ったのだが。

いや、でも。
かつて本社購買のOさんが抜けたとき、元上司は溜息をついていた。
「本社でやるべき仕事が、現場に落ちてくる」と・・・。

本社に対する反骨精神は、「本社なんていらない」という意味ではなかったのだと。

何度繰り返しても、「本社で経理財務以外を担当する人間は、実質私しかいない」という現実を受け入れようとしない施設長を見て初めて気付いた。

うわ・・・なんか泥臭・・・。

上司の批判は鋭いけれど、上司並みに責任ある仕事は断固拒否する部下みたいな?
人を批判するからには、その人のポジションを乗っ取るくらいの野心を抱いて欲しいものである。

まあ私、上司じゃないし。
ていうかほんの二年半前はこの人の部下で、その時の面接では「この会社に向いてない」とまでこの男に言い放たれたのだが・・・。

立場逆転。悲しいのは何でだろう。

これ以上話しても無駄そうなので、ボスの指示を伺うということで折り合いをつけた。
結局ボスの指示により、その施設長より明らかに忙しい別施設の施設長と、営業さんと三人で協力して雛形は作成することになった。

なんというか、まあ。

これで、作成が遅いとか間違ってるとか難癖つけてきたら許さん。
きっと、影でぶちぶち言うだけなんだろうけどさ。

2006/07/13 (Thu) 賢いおバカさん。
開設してまだ日の浅い関西の施設に、Tさんという営業がいる。

Tさんは施設がオープンする直前まで、施設長になる予定だった。
オープン直前にボスの一声で、
いきなり施設長から一営業職に異動(降格?)させられた。

正直言って、ひでぇことするなぁと思った。

ボスがわがままプーなのは今に始まったことではないし、
好き嫌いや自分の都合で人を異動させるなんて日常茶飯事なのだが、
Tさんは施設長候補ということで、コンサルから転職した人なのだ。

直後のTさんは文字通り荒みきっており、乾いた笑いが痛々しかった。

さて、そんなTさんと全く接点もないまま、
私はボスの都合でオープン前後の巨大施設の事務を任され、
落ち着くや否や、またもやボスの都合で本社事務を任された。
・・・いいけど。まだTさんと違って利害一致してるから・・・。

で、必然的に全施設のほぼ全部署と関ることになるのだが。
最近、分かった気がした。何故Tさんが施設長になれなかったのか。

*****

二度目の本社移動から数ヶ月、Tさんの噂を聞いたのは2回。

一度目は、ボスと人事部長から。
広報誌の企画打ち合わせのため呼ばれた席で、
何故かボスは人事部長とTさんの話をしていた。

部長「あの人だめですよ。運営の子達に聞こえよがしに、今の施設長や本社の批判をするから、みんな萎縮するわ雰囲気悪くなるわ」
ボス「あいつ、言うことだけは一人前だからなー」
 じゅるじゅる、と音を立ててアイスコーヒーを飲むボス。
明後日の方向を見つつも、耳をダンボにする私。誰だ、誰のことだ?

部長「頭がいい人は、かえって扱いづらいですね」
ボス「それは違うだろ。マトモな頭をしていたら、周囲の批判をする前に自分が何で施設長から降ろされたか考えるだろうし、本当に頭がよかったら、そもそも降格させられるような評価は受けないはずだ」

あ、Tさんのことだ、とその言葉で分かった。
同時に、ボスのTさんに対する評価も。


二度目は、つい先日その施設で働いている同期と飲んだ時のこと。

「Tさんが施設長のとき、運営の子は皆縮みあがっててな。
 人を名指しで批判するんよ。批判の仕方が容赦ないし。

 営業に来てからは古株のFさんやTさんと毎日のようにぶつかって、
 Fさんが異動になる前は会議のたびに怒鳴り合い、
 今は宥め役なはずのTさんが、毎日事務所で大声でTさんの悪口を言う始末や」

・・・・どんな施設だよぉ!怖〜っ!

「Fさんじゃなくて、Tさんを異動させればよかったのに。
 あそこなら、団結できるから被害も少ないでしょ」
 呆れて言うと、隣からFさんの異動先で働いている同期が苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「初めはそう言う話があったらしいけど、課長が拒否したんだ」
 へ、へ〜。あの温厚な課長がねぇ・・・。


で、今日。
初めて、私もTさんとぶつかった。
もっとも、口論にまではならなかったけれど・・・・。

****

原因は、契約書の特約書のこと。

何一つ前触れなく、見たこともない書類がTさんから届いたのである。
見たこともない書類は製本テープで留められており、
約定らしきものがびっしりと並んでいた。

な、何これ??

内容は、その施設の入居者に何かあった時、
同系列の施設へ優待的に住み替えられる、というもの。

って特約書じゃん。作るの私の仕事じゃん。
書式違うし。契約書の名前違うし。

なんでTさんが、勝手に契約書を作って社印申請してるんだ?
「名前が・・・他の書類と被るんですけど・・・どうしましょう」
 書類を受け取った派遣さんも、困惑顔。

噂を聞いた昨日の今日だったので、正直逡巡したのだが。
意を決して、私はTさんに電話した。

名前と書式のことを告げると、
「契約書の名前と書式は、法律上なんでも問題ないんですよ。
 約定の内容は、あなたのボスにちゃんと許可を得ましたから、
 会社として承認したのと同意義ですし」

・・・頭が痛くなった。努めて冷静に突っ込む。

「契約内容自体はいいんですよ。それは営業の範疇ですから。
 問題は、書式の改変と、やり方なんです。

 書類の名称や書式は、法律上や社会通念上問題なくても、
 会社として統一する必要があるんですよ。

 この契約書が効力を発揮する時、
 Tさんや私がこの会社にいる可能性は低いでしょう?
 そう言うとき、混乱を防ぐために統一を図る必要があるんです」

 何でこんな説明を40過ぎのおっさんにしなきゃならんかなー
 と思いながら告げると、Tさん不満声を隠そうともせず、

「その契約書ご覧になりました?
 非常にシンプルな内容ですし、混乱する部分もないと思うのですが」

 私は溜息を抑えて、言葉を続けた。

「・・・・例えば、保険会社で豊富な法律知識をお持ちの外交員がいるとしますよね。
 そういう方なら勝手に保険契約書を作って、お客様と契約してもいいと思いますか?
 
 確かにTさんは、私より社会経験が豊富でしょうし、
 この契約書自体に問題はないかもしれませんよ。

 でも、問題がないからと言って契約書の書式を無意味かつ無制限に増やすことは、この契約書に関る多くの人たちの仕事を増やして、精度を落とすことに繋がるんですよ。

 それにTさんも、全ての部署の業務をご存知なわけではないでしょう?
 
 確かにボスは全社的な判断をする方ではありますが、
 会社の書類や事務作業にまで精通しているわけではないんです。

 勝手に書式をお作りになるまでは、まだよしとしても、
 次回からは必ず事前に本社を通してください。お願いします」

電話越しのTさんの表情は見えなかったが。
こちらの誠意(気迫?)が通じたのか、ひとまず納得してくださった。

「分かりましたよ、やり方ね、やり方」
 という投げやりな態度であったとしても。

しかしその後。
その特約書の契約に関る施設に他に用事があり、
ふと思い出してその特約書の内容を知っているか確認したところ、
「はっ!?何ですかそれ??」
 とのこと。

・・・・うぉい。Tさん!
驚いて再び電話。すると・・・

「その施設の運営には伝えてませんよ。
 営業担当者には話したけど、特約書はファックスしてません。

 その特約書の内容を見れば分かるとおり、
 その契約事項が有効になるのはずっと先の話ですし、
 有効になっても、効力を発揮するかどうかはわからないですから。
 
 効力を発揮するかしないかわからない書類を、
 ずっと保管し続けないといけないんですよ?
 しかも、意味がないかもしれない」

 一瞬、絶句した。な、何を言ってるんだこの男は??

「その行為が無意味かどうか判断するのは、Tさんではなく、
 そちらの施設の担当者と責任者ではないですか?
 確率がどうあれ、このお客様の責任が他施設に及ぶわけですから、
 明らかにその施設と事前に情報を共有すべき内容だと思いますが」

 あきれ果ててそう告げると、Tさんは完全にへそを曲げた声音で、

「とにかく、僕はそれは必要したと判断したから言わなかったんです。
 ファックスが必要だと思うなら、勝手にやればいいじゃないですか」

 ・・・・だめだこの人。早く、何とかしないと。

「では、そうさせていただきます。お忙しいところ失礼しました」
 溜息混じりにそう告げて、受話器を叩きつけられる前に電話を切った。

*****

何と言うか、Tさん。

ここはあなたの会社じゃないし、
あなたは会社のことを全て分かってるわけでもない。

色々な人が力を合わせて、ここの会社は出来上がっている。

彼らを尊重して、全体としてどうしたら一番良いか考え続ける。
相手のことを想って、そのサポートに謙虚な姿勢で取り組む。

それが出来ない人は、人の上には立てないよ。
施設長だなんて、もっての他だよ。。。

2006/07/11 (Tue) ドラマ『サプリ』。
ドラマ『サプリ』を見た。…途中まで。

前評判を友人から散々聞いていたので覚悟はしていたが、
思った以上に漫画からかけ離れた内容でびっくりした。

ていうかドラマとしての良し悪しは置いといて、
タイトル変えるべきだろうこれは。

タイトルと登場人物・舞台設定だけ借りた、完全別物の物語だった。

****

何がびっくりって、原作のよさが完全に失われていることだ。

原作は、かつて作者が元・某博報堂の社員だけあって、
相当リアルに本社総合職・女子の生態を描く。

セリフ1つとっても、
「努力が評価されるのは義務教育まで!」
 とか、
「『忙しい』は、理由ではなく言い訳です」
 とか、
「そもそも自分のやりたいことが、
 社会の中に職業としてあるわけないと思いますが」
 とか、んもう、全く持って、
「そうそうそうそうそう!!」
 と頷きたくなるものが多い。

でも、このドラマは違う。

総合職の視点で描いた原作とはまるで対照的。
半分おめーの妄想だろう、というくらい遥か彼方から総合職女子を眺めている。
早い話、突っ込みどころ・満載。


総合職女子は、バイトを顎で使いませんから!

ただでさえ、一般職やバイトから後ろ指を差されやすいのが総合職。
一般職やバイトを、上手く活用できてこそ一人前と目される総合職。

人付き合いには人一倍気を遣うし、使える人間も使えない人間も、
それなりに活用するのが自分に課せられた仕事の一部だ。
相手の力を100%引き出すところまでは、自分の仕事だ。

それを初日から、目上の人に「あのバイト使えない」「私を馬鹿にする」なんて愚痴るなんて、ありえない。
バイトにさえ馬鹿にされ、仕事をさせることも出来ないなんて、
己の無能さをさらけ出すようなものだ。

そりゃアンタの感想だろう、会社に責任のあるアンタがすべきなのは教育と評価だよ、って誰か突っ込んでやれ。


総合職女子は、仕事を誇らしげな言い訳にはしませんから!

仕事も努力も、皆してること。
自分よりずっと多くの仕事を抱えてる人もいるし、努力家もいる。

いくら社外であっても会社で目上の人に対して、
「仕事がありますので」
 とツンと席をはずすなんて、ありえない。

忙しい会社だからこそ、仕事時間はきちんとコントロールすべきだし、
仕事のせいで人付き合いに支障を来たすなんて恥かしいことだ。

単なるバイトに、フリーが業界の忙しさを誇らしげに語るのも嘘臭い。
自分の仕事にプライドがあれば、あんな自己顕示欲は出さないはずだ。


そして一番の違和感は、そのモチベーション。
「自分が頼りにされていると言うのが嬉しくて、働く」

・・・そんな総合職っているのか?
試しにお昼時、元総合職のパートさんに話してみたら、
「いませんよ、そんな総合職」
 と即答。

「自分が頼られてるんじゃなくて、仕事だからやるんでしょう。
 好きとか嫌とか感想は関係ないですよ」
 その的確さに、思わず爆笑。

つまり、総じてドラマのミナミは感覚が一般職のOLなのだ。

自分の責任の範疇にあるはずのバイトの愚痴は言うし、
仕事量の多さに変なプライドを持ってるし、
やるのが当たり前の仕事に、妙な幻想を抱いている。

いくら仕事ができても、それじゃ「仕事の出来る一般職OL」だってば。

確かに、会社の中で総合職はバイトや一般職よりも重宝される。
でもほとんどの人は会社での価値と人間としての価値が無関係であると知っているし、だからこそ周りに気を遣って楽しく働こうとする。

確かに、仕事をしていて頼られたり、楽しいと感じることもある。
でもそれは単なるラッキーに過ぎず、大半の仕事はできて当たり前、やって当たり前の義務だ。給料もらってるんだから。

総合職は一般職やバイトに比べて会社との距離が近い。
だから仕事への関り方が主体的になり、基本愚痴は言わ(え)ないし、
それが日常だから、もっと自然な気持ちで仕事に向かう。妙な色気は抱かない。

原作は、そんな総合職女子を、リアリティ溢れるタッチで描いた・・・のに(- -;)

****

いやー リアルに総合職女性を描いて、多くの女性の心を鷲掴みにした原作の魅力・跡形なし!

ドラマの感想は一言、「おいおい、そりゃ違うだろう」である。

2006/07/10 (Mon) 専攻分野。
スクールが終了してからこの2週間ずっと、
自分がMBAで何をやりたいのか考えていた。

MBAで興味深い分野はたくさんある。
マーケティング。経営戦略。意思決定。
今のところ未知で、やってみたいと気が焦る分野もある。
アカウンティング。ファイナンス。定量分析。

ただ、結局のところ私は何を専攻し、
卒業後、どんな進路を目指したいのか。
標準が定まらず、この二週間ずっと悶悶とし続けた。

最終的な目標は「全員が幸せになるビジネスシステムの構築」だ。
働いてる人も、顧客も、地域住民も皆幸せ。社会的なニーズもある。

この会社は、それに近いものを築いていると感じて入社した。
とびっきり豪華でハッピーで、安心できる余生を売る。
スタッフが楽しく働き、入居者が幸せになって、会社が儲かる。

最近かなりおかしな企業になってしまったけれど・・・
根本のところはまだ変わっていないと、信じたい。
この会社は、人間の人間による、人間のための商品を売っていると。


留学の夢を打ち明けた時、父親は言った。

「医者は、臨床を経てから大学院に戻って博士号を取る。
 大学から直接博士課程に入ってもよさそうだが、
 博士号を取るためには多くの場合、臨床体験が必要だ。

 医者は、臨床で患者と向き合うなかで、疑問を抱く。

 その疑問を解決するために、大学院に戻る。
 結果として得られるのが、博士号だ。
 ・・・お前の留学も、そういうものなのかもしれないな」


多分、私が学ぶべきもののヒントは、この3年間の中にある。
そんな風に考え抜いて、二週間かかって出した結論。

それは、気付いてしまえばあまりに当たり前で、
何を迷っていたのか分からないくらい、しっくり来る答えだった。

私は人的資源を、学びたい。

もちろん、経営戦略や会計学も興味深い。
しかし人的資源・・・Human Resourceこそが、
入社前から、そして入社してからどの部署にいる時でも、
ずっと考え続けてきた問題であるように思う。

人を、上手く活かすこと。活気のある組織を築くこと。
最小限の資源でもって、個人が最大限の力を発揮し、
最高のチームプレーを実現すること。

個人が誇りを持って楽しく働き、
チームメイトに愛を感じて働けるようになること。

その方法を知りたい。
そんな組織を作ってみたい。

・・・大学入試で目指したのは人間科学部。
大学で、最も興味を抱いたのは社会学と心理学だった。

3つ子の魂100まで。
18から人間そんなに考え方が変わるはずもない。

ちなみにそれを何故、アメリカで学びたいかというと。

結局のところ私が魅力を感じるのは、
違いのある人間同士の間で生まれる異文化コミュニケーションなのだ。

どうしたら違ったもの同士がお互いを尊重しあって、
最良のチームワークを発揮できるか?

そんなテーマを学ぶ上で、アメリカほど適した場所はないように思う。

2006/07/09 (Sun) 秘密主義。
ちょっと距離のあるサークル仲間や同僚から、よく、
「何を考えているのかよく分からない」
「つかみどころがない」と言われる。

しかしある友人に言わせれば私は怖ろしく単純な性格らしいし、
親から観れば「ドライで合理的で一直線な性格」らしい。

この差は一体どこから生じてるんだ?
ずっと疑問だったのだが、最近、わかってきた。

つまり、私は100%自分を受け入れてくれそうな親密な人以外には、
その人に合わせて答えや言動を変える。

しかしそーいう人たちとは大抵、グループ単位で会う。
その場合は自分から一番距離の離れている相手に、標準を合わせる。

しかも距離ができる人というのは、やっぱり芯の部分が合わない場合が多く、「ドライで合理的で超個人主義」という本性は隠すことになる。

だから、ニコニコと話をはぐらかすことが多くなる。
「桂さんはどんなタイプが好き?」
 とか聞かれても、普通に答えようがないのである。

・・・・どんなタイプって言われてもなー。
いつも思うけど、どう答えるのが一番無難なんだろう。

最低条件なら「気が許せる人」「感覚が合う人」なんだけど・・・
それがどー言うタイプかって言われても、説明し辛いんだよなぁ。
そもそも、入社以来そういう人に会った事がないので、
下手に説明したら雰囲気悪くなりそうだし。

なんていう思考を経た後、「うーん、よく分からない」
と正直に答えてしまう。

「付き合ってる人いる?」→「いないよー」
「じゃ、気になる人はいる?」→「特にいないよー」
「うんと、じゃあ好きなタイプは?」→「うーん、よく分からない」

あああノリが悪くてごめんなさい!とは思うけども。
正直に言ってしまえばいいんだろうか?
「私そう言うことあんまり興味ないし」って!(←極めつけ)

他、休日何してる?とかどんなテレビ見るの?の問も苦手。
テレビや雑誌は全く見ない。スポーツもドラマも芸能も興味ない。
流行スポットも買物にも行かないけど、時間を持て余したことはない。

興味があるのは、アメリカ留学、面白い人間、物語、知識、成長。
やらなきゃいけないのは、家事と仕事と睡眠。

ただアメリカ留学は今のところ絶対秘密なのよね。
人の噂をするのは趣味じゃないし、私の知識欲は偏っている。
何かができるようになることがどれ程嬉しいかは、
同じ感覚を持たない人には伝わらない。

などの思考を経た後、
「テレビはあんまり見ない。休日は・・・うーん色々かな」
 とまたもや灰色この上ない回答になってしまう。
せめて「こないだまでビジネススクールに通ってたよ」
てところまで話せたらいいんだけど。(留学に関係あるから無理)

世の中の個人主義な人は、どうやってこの問題に対処してるんだろう?
人と話題づくりのための趣味でもあればいいのになーとは思うけど、ただでさえ足りない限られた時間をそのために使うかと思うと、
どうしてもやる気になれない(- -;)

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