彼氏と大学時代の親友NとMを会わせてみた。
思い起こせば今年の2月、2泊3日の実家ツアー。
ご両親や姉夫婦だけでなく、彼の幼馴染や大学時代の親友に紹介され、
新居でお茶したり一緒に遊んだりした。
正直すごく嬉しかったし、楽しかった。
家族や友人に引き合わされるのは、私が信頼されてる証拠だろうし、
家族に愛され友人と仲がよければ、相手への信頼感も増す。
それに私達には共通のバックグラウンドがないので、
そういう機会に初めて、家族や友人に見せる顔が分かる。
その時からずっと、友達に会わせる機会を虎視眈々と狙っていたのである。
・・・とはいえ、不安もあった。
NもMもOLっつーよりシャキシャキのビジネスウーマン。
私自身、見せる顔が違うし・・・彼との相性は不明である。
あいつら辛口の上、回転もテンポも速いからなぁ・・・。
さりげなく提案すると、彼にドン引きされた。
前々からNの話はしていて彼も会うことに乗り気だったのだが、彼にとってMは初耳。
女3人の再会に俺一人混じってどうするの?
ていうか、お前ら久々に会うんだろ?俺、すごく邪魔じゃね!?
と、文字通り身を引かれた。
しかし四国在住のNと、シングルで子育て中のM、
九州在住の彼が一同に会するなど、滅多にないこと。
何とかなるよ♪怖がることはない!
とやや強引に勧めてみると、最後には彼も、
「わかった。じゃあ昼だけ一緒に食べて、俺は本屋にでも行ってるよ。
ついてくるなよ。俺じゃなくて、友達を優先しろよ」
としぶしぶ了承したのだった。
*****
んで、駅近くの本屋の地図までプリントアウトしたのだが・・・
結局その地図が、役立つことはなかった。
以前、女性らしい先輩に指摘されたことがある。
「鷹子達の会話は、まるで男同士の会話だ」と。
当時意味は分からなかったが、久々に会って少し分かった気がした。
私達の会話では「嬉しい・悲しい」等の情緒や「可愛い・嫌だ」等の感想ではなく、
「いつどこでどうした」等の事実や「AだからB」という観察結果が話題の中心なのだ。
例えば子育ての話題一つとっても、Mはその大変さや愚痴・喜びではなく、
我が子の中耳炎発病から入退院までを、所々オチや笑いのある物語として話す。
自分が話したいことではなく、相手が楽しめることを話すといえばいいのか。
彼に仕事の話題を振る時も、質問が具体的。
ガスタンクの製法や、ステンドグラスの接合部に関する質問から、
何故自分がそれに興味を持ったのかという経緯を説明。
当然ながら自分の仕事について話す時も、
流通経路の問題点や、部下が辞めることになった顛末などを、
イメージしやすい言葉で分かりやすく伝える。
一方で彼氏も、思った以上の自然体で応じてくれた。
面白いと思えば笑い、問われれば分かりやすい言葉で説明する。
作為的な友好的態度や、無口な態度で応じられたらどーしよーと、
結構真剣に心配していただけに拍子抜け。
席をはずしても3人で談笑してる。フォローの必要は全くなかった。
それどころか色々と気を揉んでいた私が一番上手く話せず、3人にフォローされた。
仲介者のはずが、気をつかわれる私。
相変わらず自分の話をするのは苦手である。むうう。
何度か場所は移動したものの、12時に会ってから18時に別れるまでの6時間、
食べたり歩いたりしながら、ずっと話し続けることになった。
別れた後も、彼は2人について尋ね、特に遠くに住むNの帰り道を心配していた。
彼は楽しくくつろいでいるように見えたし、私は嬉しかった。
****
今まで私は、友達の彼氏と一緒に遊んだことが何度かある。
3人で飲みに行ったり、泊めてもらったり、車を出してもらったり。
そんな時、初対面で友好的に振舞う私と相手の彼氏とは対照的に、
どの友達も、初めはちょっと緊張していたように思う。
私も緊張した。友達の前の私と、彼氏の前の私。
自分をどう調整していいのかわからないけど、
初対面が上手くいかなければフォローしないと!
結果いつもより口数少なの挙動不審になり、逆にフォローされてしまったけど、
きっと皆、あんな気持ちだったんだろうなぁ・・・。
2度目・3度目となれば、また変わってくるのだろうか。
やろうと思えば出来る楽しいことはたくさんあって、生きることは成長そのものだ。
しみじみと、前向きな気持ちになれる一日だった。
思い起こせば今年の2月、2泊3日の実家ツアー。
ご両親や姉夫婦だけでなく、彼の幼馴染や大学時代の親友に紹介され、
新居でお茶したり一緒に遊んだりした。
正直すごく嬉しかったし、楽しかった。
家族や友人に引き合わされるのは、私が信頼されてる証拠だろうし、
家族に愛され友人と仲がよければ、相手への信頼感も増す。
それに私達には共通のバックグラウンドがないので、
そういう機会に初めて、家族や友人に見せる顔が分かる。
その時からずっと、友達に会わせる機会を虎視眈々と狙っていたのである。
・・・とはいえ、不安もあった。
NもMもOLっつーよりシャキシャキのビジネスウーマン。
私自身、見せる顔が違うし・・・彼との相性は不明である。
あいつら辛口の上、回転もテンポも速いからなぁ・・・。
さりげなく提案すると、彼にドン引きされた。
前々からNの話はしていて彼も会うことに乗り気だったのだが、彼にとってMは初耳。
女3人の再会に俺一人混じってどうするの?
ていうか、お前ら久々に会うんだろ?俺、すごく邪魔じゃね!?
と、文字通り身を引かれた。
しかし四国在住のNと、シングルで子育て中のM、
九州在住の彼が一同に会するなど、滅多にないこと。
何とかなるよ♪怖がることはない!
とやや強引に勧めてみると、最後には彼も、
「わかった。じゃあ昼だけ一緒に食べて、俺は本屋にでも行ってるよ。
ついてくるなよ。俺じゃなくて、友達を優先しろよ」
としぶしぶ了承したのだった。
*****
んで、駅近くの本屋の地図までプリントアウトしたのだが・・・
結局その地図が、役立つことはなかった。
以前、女性らしい先輩に指摘されたことがある。
「鷹子達の会話は、まるで男同士の会話だ」と。
当時意味は分からなかったが、久々に会って少し分かった気がした。
私達の会話では「嬉しい・悲しい」等の情緒や「可愛い・嫌だ」等の感想ではなく、
「いつどこでどうした」等の事実や「AだからB」という観察結果が話題の中心なのだ。
例えば子育ての話題一つとっても、Mはその大変さや愚痴・喜びではなく、
我が子の中耳炎発病から入退院までを、所々オチや笑いのある物語として話す。
自分が話したいことではなく、相手が楽しめることを話すといえばいいのか。
彼に仕事の話題を振る時も、質問が具体的。
ガスタンクの製法や、ステンドグラスの接合部に関する質問から、
何故自分がそれに興味を持ったのかという経緯を説明。
当然ながら自分の仕事について話す時も、
流通経路の問題点や、部下が辞めることになった顛末などを、
イメージしやすい言葉で分かりやすく伝える。
一方で彼氏も、思った以上の自然体で応じてくれた。
面白いと思えば笑い、問われれば分かりやすい言葉で説明する。
作為的な友好的態度や、無口な態度で応じられたらどーしよーと、
結構真剣に心配していただけに拍子抜け。
席をはずしても3人で談笑してる。フォローの必要は全くなかった。
それどころか色々と気を揉んでいた私が一番上手く話せず、3人にフォローされた。
仲介者のはずが、気をつかわれる私。
相変わらず自分の話をするのは苦手である。むうう。
何度か場所は移動したものの、12時に会ってから18時に別れるまでの6時間、
食べたり歩いたりしながら、ずっと話し続けることになった。
別れた後も、彼は2人について尋ね、特に遠くに住むNの帰り道を心配していた。
彼は楽しくくつろいでいるように見えたし、私は嬉しかった。
****
今まで私は、友達の彼氏と一緒に遊んだことが何度かある。
3人で飲みに行ったり、泊めてもらったり、車を出してもらったり。
そんな時、初対面で友好的に振舞う私と相手の彼氏とは対照的に、
どの友達も、初めはちょっと緊張していたように思う。
私も緊張した。友達の前の私と、彼氏の前の私。
自分をどう調整していいのかわからないけど、
初対面が上手くいかなければフォローしないと!
結果いつもより口数少なの挙動不審になり、逆にフォローされてしまったけど、
きっと皆、あんな気持ちだったんだろうなぁ・・・。
2度目・3度目となれば、また変わってくるのだろうか。
やろうと思えば出来る楽しいことはたくさんあって、生きることは成長そのものだ。
しみじみと、前向きな気持ちになれる一日だった。
![]() | スプートニクの恋人 (講談社文庫) (2001/04) 村上 春樹 商品詳細を見る |
本書を読むのは2回目のはずだが、粗筋を全く覚えていなかった。
おそらく当時は、私の心に響かなかったのだろう。
内向的な青年「ぼく」とエキセントリックなヒロインすみれ、
またすみれの想い人であるミュウを巡る物語である。
すみれは以前読んだ「スイッチ」の主人公・苫子を思い出させた。
自我が強すぎて、世の中に適応する事が出来ない。
私がこの物語で一番好きなのは、主人公とミュウの独白だ。
まずは、
「ぼくは子供の頃からずっと一人で生きてきたようなものだった」
から始まる主人公の独白。
子供の頃よく空想した、どこかの町にいる本当の家族。
「小さくて質素だけど、心が安らぐ家だった。
そこではみんなが自然に心を通いあわせることができたし、
感じたことをなんでもそのまま口にすることができた
(中略)
学校でも親しい友達は何人かいたけれど、
心を開いて話をできる相手にはめぐり会えなかった。
毎日顔を合わせれば適当に話をして、いっしょにサッカーをやっていただけだ。
(中略)
しかし大学生のときに、ぼくはその友だちと出会って、
それからは少し違う考え方をするようになった」
そして独白ははじめの呟きへ戻る。
「ぼくはその友だちのことが好きだった。とても好きだった。
(中略)
それでね、その友だちがいなくなってしまったら、
ぼくにはもう誰も友だちがいないんだ。
ただの一人もいない」
****
次に、
「私にはなにかかが欠けているんだということが(中略)
感動的な音楽を作り出すために必要な人としての深み、
とでも言えばいいのかしら」
から始まるミュウの独白。
「わたしは自分が強いことに慣れすぎていて、
弱い人々について理解しようとしなかった。
幸運であることに慣れすぎていて、
たまたま幸運じゃない人たちについて理解しようとしなかった。
健康であることに慣れすぎていて、
たまたま健康ではない人たちについて理解しようとはしなかった。
(中略)
当時のわたしの人生観は確固として実際的なものではあったけれど、
温かい心の広がりを欠いていた。
(中略)
とにかく一流のピアニストになりたいという思いで頭がいっぱいで、
回り道や寄り道をすることなんて考えもしなかった。
自分になにが欠けているのか、
その空白に気がついたときにはもはや手遅れだった」
****
2人の独白を読んでいて思い出すのは、花瓶のだまし絵だ。
内向的で心豊かな少年は、淋しくて臆病で孤独な人間でもあるし、
前向きで自立した強い少女は、視野が狭く心の乾いた人間でもある。
どんな人間にも傾向はある。人は全てを取ることはできない。
自分の傾向を把握するのは難しい。
取り返しの付かないような出来事が起こって初めて、
その「傾向」が浮かび上がったりする。
時に人は他人を求め、欠けた部分を補おうとする。
でも人はそれぞれ別の人生を歩んでいるから――
偶然ぴったりと補える人と出会えたとしても、
やがては別れたり、関係が変わったりする。
花瓶のだまし絵。
花瓶が見えているとき、向かい合った人は消えて、
向かい合った人が見えるとき、花瓶はどこかに行ってしまう。
何かを取れは、何かは失われる。
安定しようと思うほどに、人は不安定になっていく。
***以下自分語り***
昔から私は、将来小説を書きたかった。
技術的には書けるようになってきた。
初めと終わりのある物語を、読みやすく表現できるようになってきた。
でもまだ足りない。
語るべき内容が、私には十分でない。
40代になったら、本当の小説を書く。
そのために20代では、人間を味わう。
多くの人と交流し様々な人間関係を通じて、この身に他人を深くまで映し出す。
そのために30代では、世界を味わう。
多くの地域を訪れ、様々な文化に触れて、美しい世界をこの身に収める。
そして40代では、自分の世界創造する。
まずはありのままの世界や人間を受け入れられる度量を身に付け、
やがては凝縮した真実を、生き生きと表現できるようになりたい。
変わり行く世界や、チロチロと不安定に揺れる人間を、
そのまま受け入れて愛せるよう、変わっていきたい。
ひょっとしたらこの想いは、道しるべなのかもしれないと、本を読んでいて思った。
サークル同期のMに頼まれて、同期のKと一緒に、
9月の結婚式二次会の幹事を引き受けることになった。
Mはサークル時代副部長を務めた、老若男女に信頼厚い女の子。
対するKはMの親友。
Mと一緒に参加したKの披露宴で、私は彼氏と出会った。
私はMと特別仲が良かったわけではないので指名はちょっと不思議だが、
結婚式つながりのご縁を感じて引き受けることにした。
結婚式が実際どういうものなのか、かなり興味あるし。
というわけで、新郎&新郎側の幹事と顔合わせし、
披露宴・2次回会場であるホテルを見に某駅に集合した。
****
私は結婚式をやりたくない。
結婚の時ウエディングドレスを着るのは、
成人式に振袖を着たり、卒業式に袴を着るのと基本同じだと思う。
私はどちらの行事も頑なに拒否し、なんとかやり過ごした。
金と時間をドブに捨ててるようでもったいないし、とにかく恥ずかしい。
着飾った姿を大勢に見られ値踏みされるのが、ものすごい苦痛である。
例えば勉強は出来るけど運動音痴な苦手な委員長は、
学生時代、運動会当日に雨が降ることを切望しただろう。
別に彼は、運動が出来るようになりたいわけではない。
そもそも体を動かすのが嫌いなのだ。どちらかと言うと、運動のない世界にいきたい。
劣った能力を人に見られ蔑まれるのが嫌なのだ。心底。
大人になってようやく運動をしなくてよくなり、ホッとしているというのに、
何故今更、大金はたいて自分主役な運動系の発表会を主催し、
大勢の友人を招いて見物されなきゃならないのか。
まさにそんな感じ。
私は自分の容姿が十人並み以下だと知っている。
思春期にはコンプレックスにずいぶん悩まされた。
しかし化粧やオシャレに精をだしたことは一度もない。
今思えば、私は別に綺麗になりたいわけではなかったのだ。
単に容姿という「劣った能力」を値踏みされて、
人から蔑まれるのが嫌だったのだ。心底。
大人になり容姿で値踏みされない方法を身に付け、ホッとしているというのに、
何故今更大金はたいて、自分主役の着飾りパーティを開催せねばならぬのか。
しかも平均予算1日300万円。準備期間、半年から3ヶ月。
もうアホかと。バカかと。
十分の一でアジアなら一ヶ月の滞在旅行できるわー!
とちゃぶ台を返したくなる。
さらに私は、いわゆる冠婚葬祭や儀礼が嫌いである。
年賀状とかお中元とか、お葬式とか法事とか、お盆とか。
将来役立つ人脈や、他人との人間関係構築は大切だと思うけど、
面倒なうえ金だけかかる、形骸化した虚礼に何の意味があるのか。
そーいう世間のしがらみには、出来るだけ関わりたくない。
結婚式って、まさにしがらみの世界。
親戚一同、ご両親、挨拶にスピーチ、祝い金に引き出物。
他人の式は1日で終わるし、祝い金も人間関係の必要経費と割り切れるけど、
自分で好き好んでやるなんて、時間とお金の無駄遣いに思えて仕方がない。
義務ならまだ仕方がないと割り切れる。
初めからそこに300万円はなかった。
使う時間や労力は大学入試と同じだと。
しかし拒否権があるなら、ぜひともパスしたい。
周りが強く望むなら、費用だけは必要経費と割り切っても良いが、
必要最低限の人と予算で、簡単に済ませてくれ!
って感じ。
****
・・・とか内心思っていることは置いといて、会場のホテルへ。
二次会会場を見学し、窓口となるブライダルプランナーさんに条件を伺う。
新郎新婦を飾るフラワーアレンジメント、15万円。
披露宴が2時間として・・・時給7万5千円の花かぁ。
式の様子を映すディスプレイ、10万円。
1時間の使用量5万円っすか。
うわさには聞いていたけど、やっぱり凄い結婚式って。
桁が違う。ほんっとぼったくり。ほとんど宗教の世界。
「結婚式の準備をしてるとさ、金銭感覚がおかしくなってくるんだよね。
1万円の差とか、大したことないように感じてくるもん」
と新郎が言っていたが、よくわかる。
ちなみに請求書はことが全て済んでから届くとのこと。怖っ!
等々、自分のことと思うと嫌な気持ちにしかならないけれど、
Mの二次会を手伝うのは思いのほか面白そうだった。
社会人結婚である2人の馴れ初め紹介。
先輩への告知。皆に楽しんでもらう企画。
やってみて思ったが、幹事仕事は企画に似ている。
新郎新婦が二次会に望む要素をヒヤリング。
参加者名簿から相手の望む要素を予想。
その2つをマッチングさせつつ、会場や予算を考慮し、企画を立てる。
何これ。
いい式・二次会になるよう努力したいし、当日が楽しみである。
要するに私は結婚式そのものが嫌いなのではなく、
莫大な金と時間を使って、やりたくもない自分が主役のしがらみ着飾りパーティを、
さも自分が望んだかのような顔をして開催するのが嫌なんだ、と気づいた。
9月の結婚式二次会の幹事を引き受けることになった。
Mはサークル時代副部長を務めた、老若男女に信頼厚い女の子。
対するKはMの親友。
Mと一緒に参加したKの披露宴で、私は彼氏と出会った。
私はMと特別仲が良かったわけではないので指名はちょっと不思議だが、
結婚式つながりのご縁を感じて引き受けることにした。
結婚式が実際どういうものなのか、かなり興味あるし。
というわけで、新郎&新郎側の幹事と顔合わせし、
披露宴・2次回会場であるホテルを見に某駅に集合した。
****
私は結婚式をやりたくない。
結婚の時ウエディングドレスを着るのは、
成人式に振袖を着たり、卒業式に袴を着るのと基本同じだと思う。
私はどちらの行事も頑なに拒否し、なんとかやり過ごした。
金と時間をドブに捨ててるようでもったいないし、とにかく恥ずかしい。
着飾った姿を大勢に見られ値踏みされるのが、ものすごい苦痛である。
例えば勉強は出来るけど運動音痴な苦手な委員長は、
学生時代、運動会当日に雨が降ることを切望しただろう。
別に彼は、運動が出来るようになりたいわけではない。
そもそも体を動かすのが嫌いなのだ。どちらかと言うと、運動のない世界にいきたい。
劣った能力を人に見られ蔑まれるのが嫌なのだ。心底。
大人になってようやく運動をしなくてよくなり、ホッとしているというのに、
何故今更、大金はたいて自分主役な運動系の発表会を主催し、
大勢の友人を招いて見物されなきゃならないのか。
まさにそんな感じ。
私は自分の容姿が十人並み以下だと知っている。
思春期にはコンプレックスにずいぶん悩まされた。
しかし化粧やオシャレに精をだしたことは一度もない。
今思えば、私は別に綺麗になりたいわけではなかったのだ。
単に容姿という「劣った能力」を値踏みされて、
人から蔑まれるのが嫌だったのだ。心底。
大人になり容姿で値踏みされない方法を身に付け、ホッとしているというのに、
何故今更大金はたいて、自分主役の着飾りパーティを開催せねばならぬのか。
しかも平均予算1日300万円。準備期間、半年から3ヶ月。
もうアホかと。バカかと。
十分の一でアジアなら一ヶ月の滞在旅行できるわー!
とちゃぶ台を返したくなる。
さらに私は、いわゆる冠婚葬祭や儀礼が嫌いである。
年賀状とかお中元とか、お葬式とか法事とか、お盆とか。
将来役立つ人脈や、他人との人間関係構築は大切だと思うけど、
面倒なうえ金だけかかる、形骸化した虚礼に何の意味があるのか。
そーいう世間のしがらみには、出来るだけ関わりたくない。
結婚式って、まさにしがらみの世界。
親戚一同、ご両親、挨拶にスピーチ、祝い金に引き出物。
他人の式は1日で終わるし、祝い金も人間関係の必要経費と割り切れるけど、
自分で好き好んでやるなんて、時間とお金の無駄遣いに思えて仕方がない。
義務ならまだ仕方がないと割り切れる。
初めからそこに300万円はなかった。
使う時間や労力は大学入試と同じだと。
しかし拒否権があるなら、ぜひともパスしたい。
周りが強く望むなら、費用だけは必要経費と割り切っても良いが、
必要最低限の人と予算で、簡単に済ませてくれ!
って感じ。
****
・・・とか内心思っていることは置いといて、会場のホテルへ。
二次会会場を見学し、窓口となるブライダルプランナーさんに条件を伺う。
新郎新婦を飾るフラワーアレンジメント、15万円。
披露宴が2時間として・・・時給7万5千円の花かぁ。
式の様子を映すディスプレイ、10万円。
1時間の使用量5万円っすか。
うわさには聞いていたけど、やっぱり凄い結婚式って。
桁が違う。ほんっとぼったくり。ほとんど宗教の世界。
「結婚式の準備をしてるとさ、金銭感覚がおかしくなってくるんだよね。
1万円の差とか、大したことないように感じてくるもん」
と新郎が言っていたが、よくわかる。
ちなみに請求書はことが全て済んでから届くとのこと。怖っ!
等々、自分のことと思うと嫌な気持ちにしかならないけれど、
Mの二次会を手伝うのは思いのほか面白そうだった。
社会人結婚である2人の馴れ初め紹介。
先輩への告知。皆に楽しんでもらう企画。
やってみて思ったが、幹事仕事は企画に似ている。
新郎新婦が二次会に望む要素をヒヤリング。
参加者名簿から相手の望む要素を予想。
その2つをマッチングさせつつ、会場や予算を考慮し、企画を立てる。
何これ。
いい式・二次会になるよう努力したいし、当日が楽しみである。
要するに私は結婚式そのものが嫌いなのではなく、
莫大な金と時間を使って、やりたくもない自分が主役のしがらみ着飾りパーティを、
さも自分が望んだかのような顔をして開催するのが嫌なんだ、と気づいた。
半身不随の父親が名古屋から東京の自宅にやって来た。
父親は現在、離婚問題がこじれて裁判沙汰手前。
理性ではこれ以上引き止めても仕方ないと分かっているが、
未練と恨みがない交ぜになって、意地になってみる模様。
そんな時、一体うちに何しに来る気だあの人―――!?
右の手足が動かないから、階段の上り下りは無理なハズ。
人ごみに押されひっくり返って大怪我したら私の責任か!?
体張って、帰って来いと言ってるつもりか!?
とか、かなり戦々恐々で迎えたのだが・・・。
私の予想は、全く想定外の形で裏切られることになった。
****
今思えば前兆は前日のメールからあった。
「明日のスケジュールを教えてくれる?家に来るの?」
とメール確認すると、
「はい。新横浜から○○駅に乗り換えて、○○線に乗って○○に行き、
○○で降りてから、貴方の家に行きます」
と、やたら詳細かつ遠回りな経路が返ってきたのだ。
けど、その時はさほど不審に思わなかった。
なぜなら父親は筋金入りの「鉄っちゃん」だから。
鉄っちゃんとは、いわゆる鉄道オタク。
一言に鉄道オタクと言っても色々な宗派(?)があるようだが、父は重度の、
乗り鉄(=電車に乗りたい)
撮り鉄(=晴天の日に最高のタイミングで写真を撮りたい)
で、どれほど激務が重なっても晴れた休日は1人でカメラと時刻表を携え全国各地を移動し、
子供の頃から鉄道仲間と写真上映会などを催していたのである。
きっと、滅多に遠出できないから、ついでに珍しい路線に乗ってみたいんだろう。
今思えば私は理解していなかったのだ。
趣味人と、マニアは根本的に違うということを――。
****
日帰りで帰るはずの父親は、大きなバッグをたすきがけにして現れた。
左手に杖を携える姿は、記憶よりも一回り小さくなっている。
「お疲れ様。じゃあ○○線にのる?」
「はい」
麻痺の残る引きつった表情でうなずき、ホームへ向かう。
その足取りは思いのほか軽やか。
動かない右足を引きずりながらもエスカレーターをクリアし、電車に乗り込んだ。
すげえ、一年前は家でもしょっちゅう転びそうになってたのに。
感心して眺める私に構わず、父親は座席に着くとテキパキと手帳を取り出した。
そして車内をキョロキョロと見渡し、あわてた様子で何かを書き込んでいる。
???
怪訝に思い、隣から覗き込んだ。
バス停A 0:00
名古屋駅 0:00 のぞみ×号 0000
新横浜 0:00 0000
―――!!
コイツ、左手しか使えないくせに――!
出発駅と乗車&降車時間、電車番号をキッチリ記録してやがる・・・。
そして予感を持って開いたままのバッグを覗いてみると。
案の定、ニコンのデジカメ一眼レフと、電話帳のごとき時刻表が入っていた・・・。
****
さて、その後の父親といえば・・・
・地下鉄が地上に出る唯一の駅を把握しており、降りてホームで電車の撮影。
・電車が揺れようが席が空いてようが、最前列なら立って前方を眺めてます。
・どんな混雑だろうが、手すりにつかまって階段の上り下りをするハメになろうが、
希望の列車に乗るためなら一心不乱にやり遂げて不満も一切もらしません。
・帰り道はわざわざ東京に出て、新しく開通した副都心線に乗りました。
・その時は記念に切符を買って持ち帰っていた。
心配していた離婚話も、ホームでの撮影の後、話題には出たのだが――。
離婚を許せぬ葛藤を語っている最中、珍しい電車が隣を走ると、
「あっ!!」
と目がそっちを向き、悔しそうにため息。そして一言、
「カメラしまうんじゃなかった・・・」
いやあの、お父様、さっきまでの離婚話は?
極めつけは、その後の会話。
「まあ、奥様の気持ちもわかるけどね。
あったかい家で育って、父さんには尽くしたつもりだろうからさ。
当然あるはずのお返しがなくて、疲れ果てちゃったんじゃん?
ほら、うちって人のために自分を犠牲にするっていう文化がないし」
という言葉に、
「確かに俺は、あいつより鉄道が好きだからなあ」
という耳を疑うような言葉が返ってきたこと。
・・・・・。
そういえばアメリカでの写真も、家族写真より鉄道写真のが明らかに多かったなあ。
私3歳くらいの頃、時刻表に粗相して嘔吐するほど怒られたこともあるし・・・。
なんというか、お父様はもう、結婚とか人間関係とかやめて、
趣味だけに万進したほうがいいと思うんだけど・・・。
本当に清清しいほど、人間味のない人だなあ。
****
そんなこんなで自宅に遊びに来た後、副都心線に乗り、
幸い一度も転んだりはせず帰路へ。
見送った後、帰りの電車で携帯にメールが来た。
「晴れてて楽しかった。これで思い残すことはない。
あとはつくばエクスプレスか」
ま た 撮 り に 来 る 気 で す か
いやまあ、私も面白かったけどな、シュールすぎて。
離婚問題で自暴自棄になってたらとか、泣きつかれたらどうしようとか不安だったけど、
そういうウェットな部分の欠落、情や他人に全く左右されない強固な自我、
going my wayっぷりが今回の離婚問題の発端な気がしてきた・・・。
私も気持ちの切り替えの早さやポジティブさ、趣味人っぷりはよく人に指摘されるけど、
それらは長所短所を越えた、変えようもないその人の性質。
奥様のように人を案じて体調を崩したり、家族で一致団結するなんてできないし、
無理に合わせて一緒にいる必要もないんじゃないか。
早く現実を認めて、魂に合った生き方を見つけて欲しいなあとしみじみ思った。
父親は現在、離婚問題がこじれて裁判沙汰手前。
理性ではこれ以上引き止めても仕方ないと分かっているが、
未練と恨みがない交ぜになって、意地になってみる模様。
そんな時、一体うちに何しに来る気だあの人―――!?
右の手足が動かないから、階段の上り下りは無理なハズ。
人ごみに押されひっくり返って大怪我したら私の責任か!?
体張って、帰って来いと言ってるつもりか!?
とか、かなり戦々恐々で迎えたのだが・・・。
私の予想は、全く想定外の形で裏切られることになった。
****
今思えば前兆は前日のメールからあった。
「明日のスケジュールを教えてくれる?家に来るの?」
とメール確認すると、
「はい。新横浜から○○駅に乗り換えて、○○線に乗って○○に行き、
○○で降りてから、貴方の家に行きます」
と、やたら詳細かつ遠回りな経路が返ってきたのだ。
けど、その時はさほど不審に思わなかった。
なぜなら父親は筋金入りの「鉄っちゃん」だから。
鉄っちゃんとは、いわゆる鉄道オタク。
一言に鉄道オタクと言っても色々な宗派(?)があるようだが、父は重度の、
乗り鉄(=電車に乗りたい)
撮り鉄(=晴天の日に最高のタイミングで写真を撮りたい)
で、どれほど激務が重なっても晴れた休日は1人でカメラと時刻表を携え全国各地を移動し、
子供の頃から鉄道仲間と写真上映会などを催していたのである。
きっと、滅多に遠出できないから、ついでに珍しい路線に乗ってみたいんだろう。
今思えば私は理解していなかったのだ。
趣味人と、マニアは根本的に違うということを――。
****
日帰りで帰るはずの父親は、大きなバッグをたすきがけにして現れた。
左手に杖を携える姿は、記憶よりも一回り小さくなっている。
「お疲れ様。じゃあ○○線にのる?」
「はい」
麻痺の残る引きつった表情でうなずき、ホームへ向かう。
その足取りは思いのほか軽やか。
動かない右足を引きずりながらもエスカレーターをクリアし、電車に乗り込んだ。
すげえ、一年前は家でもしょっちゅう転びそうになってたのに。
感心して眺める私に構わず、父親は座席に着くとテキパキと手帳を取り出した。
そして車内をキョロキョロと見渡し、あわてた様子で何かを書き込んでいる。
???
怪訝に思い、隣から覗き込んだ。
バス停A 0:00
名古屋駅 0:00 のぞみ×号 0000
新横浜 0:00 0000
―――!!
コイツ、左手しか使えないくせに――!
出発駅と乗車&降車時間、電車番号をキッチリ記録してやがる・・・。
そして予感を持って開いたままのバッグを覗いてみると。
案の定、ニコンのデジカメ一眼レフと、電話帳のごとき時刻表が入っていた・・・。
****
さて、その後の父親といえば・・・
・地下鉄が地上に出る唯一の駅を把握しており、降りてホームで電車の撮影。
・電車が揺れようが席が空いてようが、最前列なら立って前方を眺めてます。
・どんな混雑だろうが、手すりにつかまって階段の上り下りをするハメになろうが、
希望の列車に乗るためなら一心不乱にやり遂げて不満も一切もらしません。
・帰り道はわざわざ東京に出て、新しく開通した副都心線に乗りました。
・その時は記念に切符を買って持ち帰っていた。
心配していた離婚話も、ホームでの撮影の後、話題には出たのだが――。
離婚を許せぬ葛藤を語っている最中、珍しい電車が隣を走ると、
「あっ!!」
と目がそっちを向き、悔しそうにため息。そして一言、
「カメラしまうんじゃなかった・・・」
いやあの、お父様、さっきまでの離婚話は?
極めつけは、その後の会話。
「まあ、奥様の気持ちもわかるけどね。
あったかい家で育って、父さんには尽くしたつもりだろうからさ。
当然あるはずのお返しがなくて、疲れ果てちゃったんじゃん?
ほら、うちって人のために自分を犠牲にするっていう文化がないし」
という言葉に、
「確かに俺は、あいつより鉄道が好きだからなあ」
という耳を疑うような言葉が返ってきたこと。
・・・・・。
そういえばアメリカでの写真も、家族写真より鉄道写真のが明らかに多かったなあ。
私3歳くらいの頃、時刻表に粗相して嘔吐するほど怒られたこともあるし・・・。
なんというか、お父様はもう、結婚とか人間関係とかやめて、
趣味だけに万進したほうがいいと思うんだけど・・・。
本当に清清しいほど、人間味のない人だなあ。
****
そんなこんなで自宅に遊びに来た後、副都心線に乗り、
幸い一度も転んだりはせず帰路へ。
見送った後、帰りの電車で携帯にメールが来た。
「晴れてて楽しかった。これで思い残すことはない。
あとはつくばエクスプレスか」
ま た 撮 り に 来 る 気 で す か
いやまあ、私も面白かったけどな、シュールすぎて。
離婚問題で自暴自棄になってたらとか、泣きつかれたらどうしようとか不安だったけど、
そういうウェットな部分の欠落、情や他人に全く左右されない強固な自我、
going my wayっぷりが今回の離婚問題の発端な気がしてきた・・・。
私も気持ちの切り替えの早さやポジティブさ、趣味人っぷりはよく人に指摘されるけど、
それらは長所短所を越えた、変えようもないその人の性質。
奥様のように人を案じて体調を崩したり、家族で一致団結するなんてできないし、
無理に合わせて一緒にいる必要もないんじゃないか。
早く現実を認めて、魂に合った生き方を見つけて欲しいなあとしみじみ思った。
旅の思い出のメモ・PART2。
○猿蟹合戦
旬も末期に近づいており金曜日だったせいか、
サクランボ狩りは出発から帰りまで2人きりだった。
「枝の下の方は取られてしまってるけど、上の方は残ってるから」
と佐藤錦の樹の横に置かれた鉄製の梯子に案内される。
サクランボは佐藤錦・ナポレオン・紅秀峰の3種類。
一つの樹に挿し枝をして、2種類の品種を実らせる樹もある。
サクランボが好きではない彼は、サクランボの栽培にしきりに興味を示していた。
彼の父親は農作業好きなので、その影響かもしれない。
そんな彼を尻目にサクランボが大好きな私は早速3種類を食べ比べてみた。
佐藤錦→甘くて味が濃い。実がぎっしり詰まった感じ。
ナポレオン→やや薄味で酸味が強い。
紅秀峰→甘くて大振りだが、佐藤錦より薄味。
って感じ。
比べると、やっぱり佐藤錦がサクランボの王様だ。
で、梯子に戻ろうとすると・・・なぜかサクランボが好きでもない彼が陣取っている。
「ちょっと替わってよ、私も食べたい」
「やだー。おまえはあっちの食べてな」
「佐藤錦が一番美味しいもん、私にもちょうだいよ」
すると彼は何を思ったか、いきなり口に含んでいたタネを吹きかけてきた。
「ひどいー!何するの!タネじゃなくて、実をちょうだいよう」
「やだよー。カニさんはすっぱいサクランボを食べな」
「うう、ひどいよ。そうだ、佐藤錦ばかりだと口の中が甘くならない?
ポレオン2つと交換ならどう?」
「あ、それならいいよ。ほれ、佐藤錦だ」
「やったー サルさん、ありがとう!はい、ナポレオン」
彼氏と童心に返って、大好きな果物を腹いっぱい食べ続ける。
子供の頃から夢だったサクランボ狩りは、思いのほか楽しかった。
○孝行息子
さて30分間堪能した後は、農園の前で帰りのタクシー待ち。
店頭では佐藤錦・紅秀峰など箱詰めされて並んでいる。
「実家に送ろうかな」
やおら彼は思い立ち、宅急便でサクランボを実家に送ることに。
送付先に実家の宛名を書き、送り主は迷った末「同上(鹿児島)」。
「佐藤錦にしますか?紅秀峰にしますか?」
「あー 迷うな。うーん。じゃあ、両方で」
お店の人に答えた彼に、私が驚く。
「親に5000円分もサクランボ送ってあげるんだ、優しい!」
「まあ、普段何もしてないから」
「それでも優しいよー。ふふ、親御さん送付状見て不思議に思うだろうね。
鹿児島の俺?なんで山形のサクランボ?なんて」
すると農園の管理者らしいおじさんが、売り子さんに声をかけた。
「おい、おまえ!そこのサクランボも包んでやれ」
「へ?」
どうやら売り子さんの旦那さんらしい。
きょとん、と目を見張る私たちに、おじさんはにやっと笑いかけた。
「もってけ」
帰りのタクシーにて。
「すごーい、きっと君の優しさに感心したんだよ」
しかし彼は浮かぬ顔。
「気持ちは嬉しいけど・・・もう俺、サクランボしばらくみたくないかも」
「えっ 本当?じゃあもらっていい?」
私は思わず満面の笑みを浮かべた。
「まだ食うの?お腹壊すぞ」
「まさか。会社のお土産にするんだよ」
「あ、そうか。うん、いいかもね」
ほっとしたように微笑む彼。
しみじみ「この人、お人よしだなあ」と思った。
○全身猫舌
私の旅の目的はサクランボ狩りと貸切露天風呂。
つぅわけで21:00から、彼と一緒に屋上にある貸切露天風呂に入った。
・・・んが。
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「ええ?そんなに寒いかな」
「なんでだおかしいぞこんなに寒いのにああもうシャワーお湯でないし」
「こっちはお湯出るよ。お背中流してあげようか?」
「いやもう無理ほんと寒いから俺温泉にはいりたい」
で、2人で温泉にはいったところ。
「熱い熱い熱い熱い」
「ええっ?ちょうどいいじゃん」
「いや確かにちょうどいいけど長く入れないしじっとしてると熱い」
そう言いながら落ち着きなく湯船を歩き回る彼。
そーいえば、この人家で風呂はいるときもいつもぬるま湯にしてたなー とか、
お味噌汁やグラタンを冷めるまで手がつけられない人だった、
と今更ながらに気づいた。
・・・温度調節できる貸切風呂って、さすがになかなかないよなあ。
○山寺の神様
同僚に勧められて山寺へ行って来た。
山寺とは松尾芭蕉も旅したという天台宗の霊山。
ガイドブックを読んだ感じだと正直さほど印象的ではなかったのだが・・・
この山寺、地蔵が凄い。
いたるところに地蔵。夫婦地蔵や子を背負う地蔵もいる。
また観光地としても栄えていて、名物の力こんにゃくや種種様々なおみくじが、
まるでお祭りの屋台のように道の両脇を固めている。
「なんでこんなに地蔵が多いんだろうね」
「山寺を作るとき、たくさん子供が亡くなったんじゃない?」
「ええっ 12歳以下の子を集めてお寺を作ったとか?
『勘弁して下さい、うちの子はまだ十(とお)になったばかりなんです。
あんな高いお山の上に、寺を作るなんて無理です』
『うるさい、12歳以下の子供だけで作れとのお達しじゃ
なあに安心せい、万が一のことがあっても地蔵を立ててやるわ』
『ああ、ご無体な!一郎!一郎!』
『かあちゃーん!』
なんて悲劇が繰り広げられたのかねえ」
「何言ってるの?」
彼の一言に妄想逞しくする私を、冷静に一刀両断する彼。
「なっ・・・君が変なこと言うから!もう、ちゃんとついてきてよ!」
さてそんな無駄口を叩きながらも1050段の階段を上りきり、
見晴台から景色を眺め、奥寺ではおみくじを1つ。
見事「大吉」。
おみくじには、
「遅れるけど必ず幸せになるから、まだかまだかと気を病むな」
と、まるで現在の私の状況を見透かしたような御言葉が記されていた。
○松島の鯉
本来「松島海岸通り」で下りるところを、間違えて「松島」で下りてしまった為に、
余計に2キロほど歩くことになった。まぎらわしいぞ松島。
それはともかく、松島ではこれまた同僚の勧めで瑞巌寺に行って来た。
前述のように降りる駅を間違えた為、裏口のような脇から境内に入る羽目になったのだが・・・
裏口の横に蓮の花がたくさん浮かぶ小さな池があった。
なにせ裏口なので、人はほとんどいない。
近づくと、池の中に住むたくさんの鯉たちが一斉に集まってきた。
試しにエサを撒くフリをしてみると、皆一斉に口を開閉した。
「お腹すいてるのかね」
「近づく人をえさと認識してるのかもね」
「こんな場所にあっても、だれかエサをあげてるのかなあ」
と、池の前では割と普通だったのだが。
何故か彼はその鯉の様子をいたく気に入ったらしく、
後々しきりに口をパクパクとさせ真似をしていた。
「なんで鯉の真似をしてるの?」
と呆れて尋ねると、
「おっ よくわかったね。鯉のまねー」
と嬉しそう。
いや・・・。
君が鯉の真似をしてるのは分かるけど、
君がなんでそんなことをしてるのかは、さっぱりわかんないよ。
そんな私の心に気づかず、ニコニコとパクパクし続ける彼。
つくづく、不思議な人だ・・・。
○猿蟹合戦
旬も末期に近づいており金曜日だったせいか、
サクランボ狩りは出発から帰りまで2人きりだった。
「枝の下の方は取られてしまってるけど、上の方は残ってるから」
と佐藤錦の樹の横に置かれた鉄製の梯子に案内される。
サクランボは佐藤錦・ナポレオン・紅秀峰の3種類。
一つの樹に挿し枝をして、2種類の品種を実らせる樹もある。
サクランボが好きではない彼は、サクランボの栽培にしきりに興味を示していた。
彼の父親は農作業好きなので、その影響かもしれない。
そんな彼を尻目にサクランボが大好きな私は早速3種類を食べ比べてみた。
佐藤錦→甘くて味が濃い。実がぎっしり詰まった感じ。
ナポレオン→やや薄味で酸味が強い。
紅秀峰→甘くて大振りだが、佐藤錦より薄味。
って感じ。
比べると、やっぱり佐藤錦がサクランボの王様だ。
で、梯子に戻ろうとすると・・・なぜかサクランボが好きでもない彼が陣取っている。
「ちょっと替わってよ、私も食べたい」
「やだー。おまえはあっちの食べてな」
「佐藤錦が一番美味しいもん、私にもちょうだいよ」
すると彼は何を思ったか、いきなり口に含んでいたタネを吹きかけてきた。
「ひどいー!何するの!タネじゃなくて、実をちょうだいよう」
「やだよー。カニさんはすっぱいサクランボを食べな」
「うう、ひどいよ。そうだ、佐藤錦ばかりだと口の中が甘くならない?
ポレオン2つと交換ならどう?」
「あ、それならいいよ。ほれ、佐藤錦だ」
「やったー サルさん、ありがとう!はい、ナポレオン」
彼氏と童心に返って、大好きな果物を腹いっぱい食べ続ける。
子供の頃から夢だったサクランボ狩りは、思いのほか楽しかった。
○孝行息子
さて30分間堪能した後は、農園の前で帰りのタクシー待ち。
店頭では佐藤錦・紅秀峰など箱詰めされて並んでいる。
「実家に送ろうかな」
やおら彼は思い立ち、宅急便でサクランボを実家に送ることに。
送付先に実家の宛名を書き、送り主は迷った末「同上(鹿児島)」。
「佐藤錦にしますか?紅秀峰にしますか?」
「あー 迷うな。うーん。じゃあ、両方で」
お店の人に答えた彼に、私が驚く。
「親に5000円分もサクランボ送ってあげるんだ、優しい!」
「まあ、普段何もしてないから」
「それでも優しいよー。ふふ、親御さん送付状見て不思議に思うだろうね。
鹿児島の俺?なんで山形のサクランボ?なんて」
すると農園の管理者らしいおじさんが、売り子さんに声をかけた。
「おい、おまえ!そこのサクランボも包んでやれ」
「へ?」
どうやら売り子さんの旦那さんらしい。
きょとん、と目を見張る私たちに、おじさんはにやっと笑いかけた。
「もってけ」
帰りのタクシーにて。
「すごーい、きっと君の優しさに感心したんだよ」
しかし彼は浮かぬ顔。
「気持ちは嬉しいけど・・・もう俺、サクランボしばらくみたくないかも」
「えっ 本当?じゃあもらっていい?」
私は思わず満面の笑みを浮かべた。
「まだ食うの?お腹壊すぞ」
「まさか。会社のお土産にするんだよ」
「あ、そうか。うん、いいかもね」
ほっとしたように微笑む彼。
しみじみ「この人、お人よしだなあ」と思った。
○全身猫舌
私の旅の目的はサクランボ狩りと貸切露天風呂。
つぅわけで21:00から、彼と一緒に屋上にある貸切露天風呂に入った。
・・・んが。
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「ええ?そんなに寒いかな」
「なんでだおかしいぞこんなに寒いのにああもうシャワーお湯でないし」
「こっちはお湯出るよ。お背中流してあげようか?」
「いやもう無理ほんと寒いから俺温泉にはいりたい」
で、2人で温泉にはいったところ。
「熱い熱い熱い熱い」
「ええっ?ちょうどいいじゃん」
「いや確かにちょうどいいけど長く入れないしじっとしてると熱い」
そう言いながら落ち着きなく湯船を歩き回る彼。
そーいえば、この人家で風呂はいるときもいつもぬるま湯にしてたなー とか、
お味噌汁やグラタンを冷めるまで手がつけられない人だった、
と今更ながらに気づいた。
・・・温度調節できる貸切風呂って、さすがになかなかないよなあ。
○山寺の神様
同僚に勧められて山寺へ行って来た。
山寺とは松尾芭蕉も旅したという天台宗の霊山。
ガイドブックを読んだ感じだと正直さほど印象的ではなかったのだが・・・
この山寺、地蔵が凄い。
いたるところに地蔵。夫婦地蔵や子を背負う地蔵もいる。
また観光地としても栄えていて、名物の力こんにゃくや種種様々なおみくじが、
まるでお祭りの屋台のように道の両脇を固めている。
「なんでこんなに地蔵が多いんだろうね」
「山寺を作るとき、たくさん子供が亡くなったんじゃない?」
「ええっ 12歳以下の子を集めてお寺を作ったとか?
『勘弁して下さい、うちの子はまだ十(とお)になったばかりなんです。
あんな高いお山の上に、寺を作るなんて無理です』
『うるさい、12歳以下の子供だけで作れとのお達しじゃ
なあに安心せい、万が一のことがあっても地蔵を立ててやるわ』
『ああ、ご無体な!一郎!一郎!』
『かあちゃーん!』
なんて悲劇が繰り広げられたのかねえ」
「何言ってるの?」
彼の一言に妄想逞しくする私を、冷静に一刀両断する彼。
「なっ・・・君が変なこと言うから!もう、ちゃんとついてきてよ!」
さてそんな無駄口を叩きながらも1050段の階段を上りきり、
見晴台から景色を眺め、奥寺ではおみくじを1つ。
見事「大吉」。
おみくじには、
「遅れるけど必ず幸せになるから、まだかまだかと気を病むな」
と、まるで現在の私の状況を見透かしたような御言葉が記されていた。
○松島の鯉
本来「松島海岸通り」で下りるところを、間違えて「松島」で下りてしまった為に、
余計に2キロほど歩くことになった。まぎらわしいぞ松島。
それはともかく、松島ではこれまた同僚の勧めで瑞巌寺に行って来た。
前述のように降りる駅を間違えた為、裏口のような脇から境内に入る羽目になったのだが・・・
裏口の横に蓮の花がたくさん浮かぶ小さな池があった。
なにせ裏口なので、人はほとんどいない。
近づくと、池の中に住むたくさんの鯉たちが一斉に集まってきた。
試しにエサを撒くフリをしてみると、皆一斉に口を開閉した。
「お腹すいてるのかね」
「近づく人をえさと認識してるのかもね」
「こんな場所にあっても、だれかエサをあげてるのかなあ」
と、池の前では割と普通だったのだが。
何故か彼はその鯉の様子をいたく気に入ったらしく、
後々しきりに口をパクパクとさせ真似をしていた。
「なんで鯉の真似をしてるの?」
と呆れて尋ねると、
「おっ よくわかったね。鯉のまねー」
と嬉しそう。
いや・・・。
君が鯉の真似をしてるのは分かるけど、
君がなんでそんなことをしてるのかは、さっぱりわかんないよ。
そんな私の心に気づかず、ニコニコとパクパクし続ける彼。
つくづく、不思議な人だ・・・。
東北旅行にまつわる、なんてことのない小さな思い出をちょっとメモ。
○旅の当日朝:めんたまパンチ
旅行当日朝の7:00に、彼の携帯バイブが鳴り響く。
速攻で起きる私、眠り続ける彼。
何だこんな朝早く。9時に起きれば間に合うのに・・・緊急事態?
声をかけると彼はめんどくさそうに手を伸ばし、携帯のスイッチをOFFにした。
5分後
再び鳴り出す携帯。
「何?何で鳴ってんの?アラーム?きってよー」
「んー」
5分後
再び鳴り出す携帯。
「何でまた鳴ってるの?うるさいよ、とめてよ」
「んー」
「本当に切った?もう鳴らない?
気になって眠れないんだけど」
「だいじょーぶだから、ねろよー」
5分後
再び鳴り出す携帯。
ぷちっ
「いーかげんにしろっ」
ほっぺをぺしっ・・・と叩いたつもりだった。
ぐにゅ。(ありえない粘膜っぽい手触り)
「いでええええ!」
人差し指、彼の目玉に直撃。
「なにすんだー」
「うるさい!もうあんたは信用しない。携帯貸しなさい」
電源をOFF。ようやく一安心。
涙目で恨めしげに睨む彼に満面の笑顔で手を振って、夢の世界へ。
※後で彼が訴えたことによると、目覚ましは平日7:00にセット。
また私が有休ではなく午後休で朝起きなきゃならないと勘違いしたらしい。
○出発前の美容院
11:00開店の美容院を10:30に予約したにも関わらず、
いちゃこいてたせいで10分遅刻した私ら(最低)
終わった後、美容師のOさんに謝ると、
「大丈夫、許容範囲ですよ」
と笑顔。
本当にごめんなさい、Oさん・・・。
○そびえ立つスカイタワー
今回は写真嫌いの彼と、たくさんツーショットを撮ろうと心に決めていた。
というわけで見晴らしのいい最上階(7階)の部屋に通されてから、
機を見計らって案内してくれた旅館の人に写真をお願いする。
「はい。じゃあ窓を背に撮りましょうか」
障子を開けると、寂れてはいるが温泉地らしい景色が。
「あ・・・変なの建ってますけど気にしないでくださいね」
「変なの?」
思わず2人で窓を振り返り、広がる景色を見直すと、
遠くの駅前区域になんかモニュメントみたいにバカ高いビルが。
「うわ、何ですかあれは」
「いやー あれ、普通のマンションなんですよ」
「マンション?」
「はい。リゾートホテルでも、リゾートマンションでもなく、普通のマンションです」
「一体何階建なんですか?」
「41階ですかねえ」
「41階!」
41階といえばうちの会社のビルより4階高い程度だが、
ここは東京ではなく山形の片田舎。
1時間に1本JRの走る駅前には、低めの2階建てしかありゃしない。
聳え立つ姿は、さながら荒野に建てられた墓標のようである。
「建てたけど誰も入らなくて、どんどん値下げしてるらしいですよ。
でもまだ、空室が多いんです」
「はー そりゃそうですよね。ああいう建物に入りたい人はこの町を選ばないと思います」
念願のツーショットを取ってもらった後、
2人でスカイタワーを撮影したのは言うまでもない。
○こんにゃく好き山形県民
サクランボ狩りの農園の入り口には、枝いっぱいに実をつけた木が。
サクランボの重みで枝がしなる木の脇には立て札が建てられていた。
「丹野こんにゃく社長様の木」
?????誰?
帰りのタクシーで、彼が丹野こんにゃく店の冊子を発見。
「有名なお店なんですか?」
話を振ってみるとどうやら相当人気のお店で、予約をしても3時間は待たされるとか。
そして夕食時、机に並ぶ米沢牛とこんにゃく料理。
「こんにゃくって名産なんですか?」
仲居さんに尋ねると彼女は笑顔で、
「いいえ。山形ではコンニャクイモは取れないんです。
でもみんなこんにゃくが大好きで、消費量は日本一なんですよ」
なんでやねん。
「ホホホ、不思議ですよね。
この裏の上山城の下にも、丹野こんにゃくのお店があるんですよ」
電車の出発時刻まで時間があったので、重い荷物を(彼が)背負って、
こんにゃく店に行ってみることに。
土産品と並んで特設コーナーが設けられており、大量のこんにゃくが!
すると何を血迷ったのか、彼は500グラムを優に超えるこんにゃくセットを購入。
これから重い荷物を今日一日運ぶのは彼なのに。
第一、どうやって食べるつもりだろう。鹿児島で自炊する気だろうか。
アホだ・・・。
とりあえず私はパピコを買い、彼と半分こしながら暑い道を引き返した。
○旅の当日朝:めんたまパンチ
旅行当日朝の7:00に、彼の携帯バイブが鳴り響く。
速攻で起きる私、眠り続ける彼。
何だこんな朝早く。9時に起きれば間に合うのに・・・緊急事態?
声をかけると彼はめんどくさそうに手を伸ばし、携帯のスイッチをOFFにした。
5分後
再び鳴り出す携帯。
「何?何で鳴ってんの?アラーム?きってよー」
「んー」
5分後
再び鳴り出す携帯。
「何でまた鳴ってるの?うるさいよ、とめてよ」
「んー」
「本当に切った?もう鳴らない?
気になって眠れないんだけど」
「だいじょーぶだから、ねろよー」
5分後
再び鳴り出す携帯。
ぷちっ
「いーかげんにしろっ」
ほっぺをぺしっ・・・と叩いたつもりだった。
ぐにゅ。(ありえない粘膜っぽい手触り)
「いでええええ!」
人差し指、彼の目玉に直撃。
「なにすんだー」
「うるさい!もうあんたは信用しない。携帯貸しなさい」
電源をOFF。ようやく一安心。
涙目で恨めしげに睨む彼に満面の笑顔で手を振って、夢の世界へ。
※後で彼が訴えたことによると、目覚ましは平日7:00にセット。
また私が有休ではなく午後休で朝起きなきゃならないと勘違いしたらしい。
○出発前の美容院
11:00開店の美容院を10:30に予約したにも関わらず、
いちゃこいてたせいで10分遅刻した私ら(最低)
終わった後、美容師のOさんに謝ると、
「大丈夫、許容範囲ですよ」
と笑顔。
本当にごめんなさい、Oさん・・・。
○そびえ立つスカイタワー
今回は写真嫌いの彼と、たくさんツーショットを撮ろうと心に決めていた。
というわけで見晴らしのいい最上階(7階)の部屋に通されてから、
機を見計らって案内してくれた旅館の人に写真をお願いする。
「はい。じゃあ窓を背に撮りましょうか」
障子を開けると、寂れてはいるが温泉地らしい景色が。
「あ・・・変なの建ってますけど気にしないでくださいね」
「変なの?」
思わず2人で窓を振り返り、広がる景色を見直すと、
遠くの駅前区域になんかモニュメントみたいにバカ高いビルが。
「うわ、何ですかあれは」
「いやー あれ、普通のマンションなんですよ」
「マンション?」
「はい。リゾートホテルでも、リゾートマンションでもなく、普通のマンションです」
「一体何階建なんですか?」
「41階ですかねえ」
「41階!」
41階といえばうちの会社のビルより4階高い程度だが、
ここは東京ではなく山形の片田舎。
1時間に1本JRの走る駅前には、低めの2階建てしかありゃしない。
聳え立つ姿は、さながら荒野に建てられた墓標のようである。
「建てたけど誰も入らなくて、どんどん値下げしてるらしいですよ。
でもまだ、空室が多いんです」
「はー そりゃそうですよね。ああいう建物に入りたい人はこの町を選ばないと思います」
念願のツーショットを取ってもらった後、
2人でスカイタワーを撮影したのは言うまでもない。
○こんにゃく好き山形県民
サクランボ狩りの農園の入り口には、枝いっぱいに実をつけた木が。
サクランボの重みで枝がしなる木の脇には立て札が建てられていた。
「丹野こんにゃく社長様の木」
?????誰?
帰りのタクシーで、彼が丹野こんにゃく店の冊子を発見。
「有名なお店なんですか?」
話を振ってみるとどうやら相当人気のお店で、予約をしても3時間は待たされるとか。
そして夕食時、机に並ぶ米沢牛とこんにゃく料理。
「こんにゃくって名産なんですか?」
仲居さんに尋ねると彼女は笑顔で、
「いいえ。山形ではコンニャクイモは取れないんです。
でもみんなこんにゃくが大好きで、消費量は日本一なんですよ」
なんでやねん。
「ホホホ、不思議ですよね。
この裏の上山城の下にも、丹野こんにゃくのお店があるんですよ」
電車の出発時刻まで時間があったので、重い荷物を(彼が)背負って、
こんにゃく店に行ってみることに。
土産品と並んで特設コーナーが設けられており、大量のこんにゃくが!
すると何を血迷ったのか、彼は500グラムを優に超えるこんにゃくセットを購入。
これから重い荷物を今日一日運ぶのは彼なのに。
第一、どうやって食べるつもりだろう。鹿児島で自炊する気だろうか。
アホだ・・・。
とりあえず私はパピコを買い、彼と半分こしながら暑い道を引き返した。
つぅわけで彼と念願の東北1泊2日の旅に行ってきた。
山形の温泉町でさくらんぼ狩り&一泊して、
山寺と松島を観光、仙台で買い物して帰るコース。
某JR系列の旅行会社企画のフリープランで、
途中下車が自由の往復切符と宿泊&さくらんぼ狩り込みで25,000円。
どの町へも片道1万はかかることを考えると、めちゃくちゃ安い。
今回の旅のテーマは・・・
子供の頃から夢だったさくらんぼ狩りと、生まれて初めて訪れる東北地方を満喫!
ハーフパンツにスニーカーで、期待に胸を膨らませて出かけた。
****
☆天気
はじめの予報では2日とも雨だったのだが・・・
1日目は曇り、2日目は晴れ!傘いらなかった。
自分の晴れ女っプリが怖い!ありがとう神様!ってかんじ。
☆山形の温泉宿「有馬館」
3つの中から「貸切風呂」と「部屋食」がある旅館をセレクト。
HPの印象そのまんまで設備はとことん古かったが、
スタッフの接客が概してとても暖かかった。
朝夕部屋食で、とても品よく親しみやすい仲居さんがご提供。
夜の米沢牛すき焼きや朝ごはんのおかずはとても美味しかったし、
仲居さんが食事前にゲームする彼を、
「そういうのは旅先じゃなくて家でやりなさいよ。ねぇ?」
と笑顔で諌めてくれてありがたかった。
期待していた無料の貸切・展望風呂もナイス。
体温調節が苦手なのか、彼は露天では寒いと震え、
風呂は熱いとちょい可哀想だったけど、30分間まったりできた。
さほど期待してなかったが、入りたい放題の岩盤浴も意外とよかった。
☆さくらんぼ狩り
誕生日を半年ずらし、母親からプレゼントとして1kg1万円の佐藤錦をせしめて10年以上!
「気持ち悪くなるまで取れたてサクランボを食べたい」
という夢がついに叶った。
宿からスタッフの人の送迎で農園へ。
時期的に遅いから心配だったのだが、佐藤錦・紅秀峰・ナポレオンと、
三種類のサクランボが2人では食べきれないほど植わっていた。
・・・そう。
サクランボ狩りは送迎から食べ放題最中まで、ずーっと2人っきりだった。
おかげで梯子に登って猿蟹合戦のまねしてふさげ合ったり、
いちゃついたり撮影したりとやりたい放題。
大好きなサクランボと彼に囲まれて、
こ こ は 天 国 で す か?
って感じだった。
☆山寺
同僚に勧められて行ってきたのだが想像していたよりよかった。
約1000段の階段が頂上まで続く山は、地蔵だらけでいかにも霊山って感じ。
汗だくになったけど、神秘的な景色は見ていて飽きなかった。
あと麓で売られていた色んな種類のおみくじが印象的だった。
血液型別おみくじとか、お守り付おみくじとか・・・。
2回チャレンジして、1回目は彼が欲しがったお守りを、2回目は大吉を見事ゲット。
特に大吉は「望みは遅くなっても必ず叶うので、焦るな」と繰り返し書かれていて、
まんま私の現状を述べているようだったので、勇気が出た。
☆松島
間違えて松島海岸駅ではなく松島駅で降りてしまったので、
えらい歩くことになった・・・。
オススメは五大堂。
あぜ道にびっしり人為的なコケをはやしており、カーペットみたいだった。
まっすぐに伸びる赤い橋や多目的広場の緑も綺麗。
****
と初の東北を満喫したわけだが、個人的に彼の優しさも印象的だった。
だって彼、サクランボも温泉も好きじゃないし、寺に興味ないのに。
仕事後6時間かけて新幹線ではせ参じ、
10キロはあるパソコンと旅の荷物全部を持って旅行に付き合ってくれた。
人によって優しさのバロメーターはそれぞれだと思うが、私は、
「自分を犠牲にして、相手を喜ばせることを良しとする」
ことが優しさだと感じる。
色々あるけど、とにかく焦らず自分や周りの人が一番幸せになるタイミングで、
一歩一歩進んでいければ良いなあ、とあらためて思うような旅だった。
山形の温泉町でさくらんぼ狩り&一泊して、
山寺と松島を観光、仙台で買い物して帰るコース。
某JR系列の旅行会社企画のフリープランで、
途中下車が自由の往復切符と宿泊&さくらんぼ狩り込みで25,000円。
どの町へも片道1万はかかることを考えると、めちゃくちゃ安い。
今回の旅のテーマは・・・
子供の頃から夢だったさくらんぼ狩りと、生まれて初めて訪れる東北地方を満喫!
ハーフパンツにスニーカーで、期待に胸を膨らませて出かけた。
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☆天気
はじめの予報では2日とも雨だったのだが・・・
1日目は曇り、2日目は晴れ!傘いらなかった。
自分の晴れ女っプリが怖い!ありがとう神様!ってかんじ。
☆山形の温泉宿「有馬館」
3つの中から「貸切風呂」と「部屋食」がある旅館をセレクト。
HPの印象そのまんまで設備はとことん古かったが、
スタッフの接客が概してとても暖かかった。
朝夕部屋食で、とても品よく親しみやすい仲居さんがご提供。
夜の米沢牛すき焼きや朝ごはんのおかずはとても美味しかったし、
仲居さんが食事前にゲームする彼を、
「そういうのは旅先じゃなくて家でやりなさいよ。ねぇ?」
と笑顔で諌めてくれてありがたかった。
期待していた無料の貸切・展望風呂もナイス。
体温調節が苦手なのか、彼は露天では寒いと震え、
風呂は熱いとちょい可哀想だったけど、30分間まったりできた。
さほど期待してなかったが、入りたい放題の岩盤浴も意外とよかった。
☆さくらんぼ狩り
誕生日を半年ずらし、母親からプレゼントとして1kg1万円の佐藤錦をせしめて10年以上!
「気持ち悪くなるまで取れたてサクランボを食べたい」
という夢がついに叶った。
宿からスタッフの人の送迎で農園へ。
時期的に遅いから心配だったのだが、佐藤錦・紅秀峰・ナポレオンと、
三種類のサクランボが2人では食べきれないほど植わっていた。
・・・そう。
サクランボ狩りは送迎から食べ放題最中まで、ずーっと2人っきりだった。
おかげで梯子に登って猿蟹合戦のまねしてふさげ合ったり、
いちゃついたり撮影したりとやりたい放題。
大好きなサクランボと彼に囲まれて、
こ こ は 天 国 で す か?
って感じだった。
☆山寺
同僚に勧められて行ってきたのだが想像していたよりよかった。
約1000段の階段が頂上まで続く山は、地蔵だらけでいかにも霊山って感じ。
汗だくになったけど、神秘的な景色は見ていて飽きなかった。
あと麓で売られていた色んな種類のおみくじが印象的だった。
血液型別おみくじとか、お守り付おみくじとか・・・。
2回チャレンジして、1回目は彼が欲しがったお守りを、2回目は大吉を見事ゲット。
特に大吉は「望みは遅くなっても必ず叶うので、焦るな」と繰り返し書かれていて、
まんま私の現状を述べているようだったので、勇気が出た。
☆松島
間違えて松島海岸駅ではなく松島駅で降りてしまったので、
えらい歩くことになった・・・。
オススメは五大堂。
あぜ道にびっしり人為的なコケをはやしており、カーペットみたいだった。
まっすぐに伸びる赤い橋や多目的広場の緑も綺麗。
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と初の東北を満喫したわけだが、個人的に彼の優しさも印象的だった。
だって彼、サクランボも温泉も好きじゃないし、寺に興味ないのに。
仕事後6時間かけて新幹線ではせ参じ、
10キロはあるパソコンと旅の荷物全部を持って旅行に付き合ってくれた。
人によって優しさのバロメーターはそれぞれだと思うが、私は、
「自分を犠牲にして、相手を喜ばせることを良しとする」
ことが優しさだと感じる。
色々あるけど、とにかく焦らず自分や周りの人が一番幸せになるタイミングで、
一歩一歩進んでいければ良いなあ、とあらためて思うような旅だった。



